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肱川(ひじかわ)の恩恵を受けた肥沃な大地で、年間を通して50種類以上の野菜を無農薬・減農薬で栽培している加藤嗣範さんと由希子さん。すでに二人の子どもは大学生と高校生と大きく、手が離れている。農業に挑戦し続けた20余年は、大洲というまちで歩んできた家族と子育ての歴史でもある。
田舎暮らしではなく、農業がしたかった。
移住は早くから考えていましたか。
(嗣範さん)移住というより農業がしたいと思っていました。私は建設コンサルタント、妻は食品メーカーなどに勤めて東京に9年暮らしましたが、農業をするなら東京ではないなと。もともと二人とも農学部出身ですし、仕事で農業の現状について知る機会があり、「こうやったらいいのでは?」ということを自分で実践してみたくなったんです。
それで大洲を選んだのですか。
(嗣範さん)親が転勤族だったため、いろんなまちに住みましたが、生まれたのは大洲です。今は松山に実家があり、松山近郊も考えましたが、実際に大洲に足を運んでみて、農地が市街化される心配がないことなどからこのまちに決めました。
大洲にはスーパーや病院など、便利なものがそろっているのも選んだ理由でした。別に田舎暮らしがしたいわけではなくて、農業がしたかっただけですから。仕事以外の生活する分には、都市生活とあまり変わらないところにもひかれました。
実家のある松山にも近いですね。
(嗣範さん)高速で30分、一般道で1時間ぐらいです。直接販売をメインに考えていたので、松山への配達は最初から想定していました。当時は大洲から松山に配達する人は少なかったのではないかと思いますが、この距離感で何かできることを試してみたかったんです。
最初から二人で農業を?
(由希子さん)私は当初勤めようと考えていたのですが、子どもが生まれてすぐだったので、結局ほかの仕事には就きませんでした。
(嗣範さん)引っ越し当日に娘が生まれたんですよ。高速を走っていたら「生まれそうだ」という連絡が来て、妻のいる実家の滋賀で急きょ下りました。
大洲で農業をやる、ということ。
思い通りの農業ができていますか。
(嗣範さん)就農当初の計画通り消費者への直接販売はできていますが、今でもまだまだだと思っています。お客さんは個人がメインで、配達や全国へ野菜セットの発送を行っていますが、口コミでじわじわと広がる感じで、一気に売り上げが伸びることはありません。
あとは気象ですね。2年連続で洪水で浸かったこともあります。だからうちではリスク分散も兼ねて少量多品種の野菜を作っています。
珍しい野菜も作っているのですね。
(嗣範さん)フレンチやイタリアンのレストランにも販売しているので、西洋野菜も作っています。ズッキーニはそのはしりで、20年前に大洲で最初に作ったんじゃないかと思います。随分いろんな方に「これ何?」と聞かれました。
(由希子さん)今ではけっこう詳しい方も増えて、お客さんのほうから情報が入ってくることもありますよ。
喜びを感じるのはどんなときですか。
(嗣範さん)やはりお客さんが喜んでくださるときです。それが仕事のモチベーションになります。近年はコロナ禍の中で松山への配達も増えてきました。ホームページを見たり、松山で開かれた県主催のイベントで知ったりして、興味を持ってくださる方が多いんです。
農作業をしながら二人で子どもの話を。
大洲での子育てはどうでしたか。
(由希子さん)二人でやった、という感じがすごくあります。前職の建設コンサルタントだと、きっと私が一人で育児をしたのかなと想像しますが、農作業をしながら二人でよく子どものことについて話し合いました。
それから周りもけっこう見てくださっているんですよ。子育てに干渉するわけではないけれど、「あそこの子」というのはしっかり見てくださっている、そのことに安心感がありました。
(嗣範さん)農業に関してもそうですが、大洲の方はちゃんと見ておられますよ。これは大洲のいいところだと思います。珍しい野菜作りも「なんじゃろか」と思いながらも遠くから見ていてくださる。そして何か話したり聞いたりすると、丁寧に教えてくださるんです。農業のことにしろ、子育てのことにしろ。この距離感はとてもやりやすかったですね。
これからやってみたいことはありますか。
(嗣範さん)直接畑に来て収穫してもらう、という体験を提供できればと思っています。
(由希子さん)自分で収穫したら同じトマトでもよりおいしく感じられるのではないでしょうか。
(嗣範さん)あとどれぐらい自分たちでできるか、やってみなければわかりませんが、土地も家も全部借り物なので、次の人たちにちゃんと引き渡せるようにしたいということも考えています。うちの子がやるとは限りませんから。
お子さんたちはどんなことに興味を?
(嗣範さん)娘は、私たちがこういう仕事をしているから、しょっちゅう「あしたの天気は?」と聞いていたら気象に関心を持ったみたいで、大学で学んでいます。高校生の息子は、家をリフォームしたときに大工さんを見て、少し興味がわいたようです。
住まいは行政のサポートで見つけたのですか。
(嗣範さん)はい。そこで大家さんとも知り合い、以来ずっといいお付き合いをさせてもらっています。
(由希子さん)大家さんは本当に親切な方で、それが長く住んでいられる理由の一つになっています。
(嗣範さん)今は私たちのころに比べると、家賃補助や改修など移住に関するサポートも手厚いようです。もちろん、それも移住の一つのきっかけにはなるでしょう。でも大事なのは、大洲というまち自体に魅力を感じられるかどうかです。ぜひ季節ごとに大洲に足を運んでみてほしいと思います。