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鍋焼きうどんに鯛めし、夏目漱石ゆかりの坊っちゃん団子にタルト。ちょっぴり甘辛なグルメが楽しい松山市に、最近人気のスパイスカレー店があるという。その名も「CORSA(コルサ)」。レトロな雰囲気の路面電車を降りたら徒歩1分。店のドアを開けた瞬間、スパイスの魅惑的な香りが食欲を刺激する。
経営するのは2021年9月に大阪から移住した、西原夏(なつ)さんと満輝(まき)さん夫妻。大阪には、スパイスの効いた個性的なカレー店が多いことでも知られている。
実は、二人はほかにもお店を持っている。移住翌年の2022年3月に、最初の店となる「大阪たこ焼きと炭火のお店 マッキナ」を起業。店でまかないとして出していた豚骨カレーがお客さんの間でも人気となり、同年12月にこの店を出店した。つまり移住からたった1年3カ月で、2店舗もお店を出したことになる。しかも、どちらも地域で愛される人気店になったというから驚きだ。
移住先に食のカルチャーを持ち込み、地元の人の胃袋をつかむ。
西原さんたちはどんな工夫をしたのだろう。おいしいものを広めたいというその夢は、とてもワクワクするものだった。
「味変」につぐ「味変」、最後の一口まで楽しい
二人の想いはきっと料理に込められているはず――ということで、まずはお店イチオシ「コルサライス」のチーズトッピング、ソフトドリンクセット(1,300円)を注文。
豚バラ肉とウズラの玉子が見た目にもボリューミ―。それでいてコリアンダーの効いたあっさり目のルウで、いくらでも食べられる。スパイスの配合も複雑味があって、とても繊細だ。
皿の隅に盛られたスパイスを少しずつ溶かしながら食べていくと、ガーリックとコショウが効いていて、味にパンチが加わる。
カウンターには、謎めいたスパイスもあり……
揚げ玉を投入すると、ポリポリとした食感で口の中が喜ぶ!
自由に「味変」を楽しむうちに、あっという間に最後まで平らげてしまった。
それを笑顔で見ていた、夫の夏さん。
「カレーは一皿で同じ味が続くと思われがちですが、飽きずに最後まで食べてほしいと思い、このスタイルを考えました。常連さんの中には、自分好みの食べ方を確立している人もいらっしゃいますね」
人気の秘密は“愛媛風”カスタマイズ?
お店にはどんなお客さんが来るのかと聞いてみると、
「県内の人も県外の方も来ますが、愛媛のお客さんは大阪と比べて奥ゆかしい方が多いように感じます。カウンター越しに話しかけてくるのは、おおかた県外の方です」
と、妻の満輝さんが教えてくれた。
そして、「愛媛には個室好きの人が多い」とも。1件目のたこ焼き居酒屋をつくるときには、地元の施工会社さんに「地元のお客さんに来てもらうなら個室は必須」と設置を強く勧められそうだ。そのアドバイスを取り入れたところ、個室はすぐに地元客で埋まるようになった。
だから、お客さんの手元でカレーの味の調整が完結するというスタイルも愛媛の地域性に合っているのかもしれない。夏さんと満輝さんは、このような工夫を積み重ねてお店を盛り立ててきたのだが、そもそも二人はどうして愛媛での起業にたどり着いたのだろう。
コロナ禍で計画が白紙に、しかしそこでひらめきが
夏さんは大阪府出身で、大学卒業後は飲食を扱う企業に就職。満輝さんは兵庫県出身。大学進学を機に大阪に出て、広告系の企業では200店舗以上のコンサルティングや宣伝にも携っていた。
二人とも社会人生活のほとんどを大阪の都市部で過ごしていたため、「一度大阪の街を離れてチャレンジしてみたかった」と地方移住を考えはじめた。
当初は松山市ではなく、祖父の暮らす今治市で開業を考えていたと語る夏さん。幼いころから自然が好きで、祖父の家に遊びに行ったときは釣りや潮干狩りなどに興じるなどの楽しい思い出があった。
大阪で夏さんが勤めていた会社では、寿司や洋食、フレンチ、クラフトビール専門店など多様な業態に携わり、調理も担当していたので、今治でも商店街などの人の集まるところでイタリアンレストランなどを計画していたのだ。
しかしコロナ禍で、街なかでのレストラン開業が難しくなってしまった。
この先持ち直すかもしれないが、「観光客を頼りにしても、また同じようなことが起これば行き詰まってしまう」。でも、愛媛への移住はあきらめたくない。そんな中で活路を見出したのが、「住宅街」の存在だった。
「遠くに出かけなくても、地元の人が誰でも来られる場所が住宅街です。そこで人口の多い松山市を選びました。日中は学校や働きに出ていても、夜になれば人口は100%。みなさん帰ってきます。その人たちに喜ばれるためには、いつでも時間を選ばず食べられるもの――、『そうだ、たこ焼きしかない!』とひらめきました」
たこ焼きの本場・大阪から移り住んだ自分が焼くなら、愛媛の人も興味を持ってくれるはず。昔、たこ焼き店でアルバイトをしていたころのレシピも思い出しつつ、二人で試作を重ねに重ねた。「アパートのカーテンが、たこ焼きの匂いになるまで焼きましたね」と満輝さんも楽しそうに笑い、当時を懐かしむ。
特に、生地に使う出汁にはこだわった。
「マッキナでは、出汁を毎日きちんとひいています。大阪のトップと呼ばれるたこ焼き店でも、それを実践している店はごくわずかです。愛媛の出汁文化では潜在的にイリコが好まれると感じて、ブレンドするようにしました」
予想は的中し、お店は大繁盛。たこ焼きのファンからは「どこか落ち着く味」との声があったが、理由はこの出汁なのかもしれない。
自分の得意分野と移住先の文化をミックスさせて、唯一無二の魅力にする。
環境が激変する中でも機転を利かせたことが、ピンチをチャンスに変えたのだ。
家賃が安いから、仕事やマニアックな趣味にも投資できる
飲食店の経営には、売り上げのアップダウンがつきものだ。そんなとき助かるのが固定費の安さである。
「松山は大阪と比べるとアパートの家賃も安いので、安心して仕事に専念でき、趣味も楽しめます」と夏さん。
夏さんは多肉植物の「アガベ」の栽培にハマり、自宅の部屋で500株も育てている。希少価値が高く美しいアガベには熱心なファンが多く、夏さんもライトや空調にかなりの設備投資をしているそうだ。
一方満輝さんは持ち前の社交力で、新しくできた友人と居酒屋さん巡り。そのほかにもサイクリングに出かけたり、2023年には愛媛マラソンにも出場したりして、愛媛での休日を満喫している。
おいしいものに目がない二人のお気に入りは、「パン・メゾン松前店」のコーヒーとクリームパン!
「塩パンの元祖とも言われている人気店なのですが、畑の真ん中にあってテラスで寛ぎながらいただけます。最近やっとお店の営業にも余裕が出てきたので、これからはもっと愛媛での休日を楽しみたいです」(満輝さん)
若い子たちが「いつかここで働きたい」と思ってくれたら
こんな西原さん夫婦のポジティブなオーラに惹かれてか、お店には大学生など若いアルバイトたちが絶え間なく集まってくる。その理由を尋ねると
「モチベーションを上げるために時給を高めに設定していることもありますが、それぞれの子の長所に注目して、小さなことでも褒めるようにしています。私たちが30代のうちに5店舗は出店するのが目標なので、『ここで働きたい』という次世代の店長が育ってくれたらうれしいですね」
従業員に気持ちよく働いてもらうためのノウハウは、満輝さんが広告関連の企業に勤めていたときに培った。こうした20代の経験が、30代での移住を機に次々と実を結んでいる。
「どんな環境にも、チャンスは必ずある」
そう突き進む二人にとって、松山は宝の山かもしれない。
食というツールで周囲を笑顔にしながら、これからも二人の宝探しは続いていく。