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うっそうとした山々に囲まれた松山自動車道を走っていると、不意にバンっと視界が開けて穏やかな瀬戸内海と賑やかな街並みが広がる。紙と工業のまち、四国中央市だ。
今でも多くの高山植物や天然記念物を育む法皇山脈(ほうおうさんみゃく)では、昔から和紙の原料となるコウゾやミツマタが取れた。そして清らかな山水にも恵まれたことから、四国中央市は紙や祝儀袋などに使われる伝統工芸・水引の産地として発展してきた。紙製品の工業製品出荷額は日本一。現在でも、全国トップクラスの製紙会社やおむつ・フェムケア用品の製造会社がここに本社を置いている。
ちなみに2010年に公開された映画『書道ガールズわたしたちの甲子園』のモデルとなったのも四国中央市の高校。ここは若者たちのエネルギーに満ちた地域でもある。
2020年、そんな四国中央市にUターン就職をしたのが江口茉美さんだ。
「はじめは『地元には戻らない!』と決心して、関西の大学に進学したのですが――」と、はにかむ江口さん。その強い意志を覆したものはいったい何だったのだろう? そして現在26歳の彼女が感じている四国中央市の魅力とは? 江口さんの勤める「福助工業株式会社」に突撃し、今のリアルな想いを聞いてみた。
憧れだった、大手テーマパークの袋をつくる会社が地元に!
商品のパッケージなどを製造している福助工業は、創業100年以上。元は水引やのし袋から発展した会社で、紙の製造量全国トップを誇る四国中央市の歴史と密接につながっている。パッケージと一言で言っても、ゴミの量を減らすために耐性や機能を保ったまま厚さを極限まで薄くしたり、表示内容の改ざんを防ぐために特殊な技術でフィルムを加工したりなど、技術の最前線ともいえるプロジェクトに取り組んでいるのが、この会社だ。
ではやはりそこにひかれて?と思いきや、きっかけは別のところにあったと江口さんは目を輝かせる。運命の出会いは、会社説明会だった。
「この会社が手がけた商品の中に、大好きだったテーマパークのお土産袋があったんです。そこで一気に興味がわきました」
実はそのテーマパークが好きすぎて、関連企業の就職試験も受けたほど。人と関わることが大好きな江口さんは、接客の仕事を求めてCAやホテル関係にもエントリーし、その中の一つだった京都の企業から内定をもらっていたそうだ。
しかし、同じ故郷から関西に出ていた幼なじみたちがUターン就職することになり、仲間が離れてしまう寂しさを覚えた。自分にとって大事なものはなんだろう。人を大切にして関わっていく仕事なら、選択肢を地元にも広げていいのではないか――と自問自答する日々。
そこで地元企業も視野に入れ、まず興味を持ったのが自身の兄が務める福助工業だった。
そして会社説明会で、憧れだったテーマパークの仕事に福助工業が携わっていたことを知る。実は四国中央市には、このようなBtoBの優れた企業が集まっているのだ。プラスチック製品など紙製品以外の製品を含めると、工業製造品の出荷額は約6000億円にものぼる。
さらに江口さんの背中を押してくれたのが、愛媛県の奨学金返還支援制度だ。こちらは若者の県内就業の促進を目的として、Uターン就職などをした人が奨学金返還の助成を受けられるというもの。
「確か、当時は最大で約120万円の助成があったと思います」
先行きの見えないご時世。5年先、10年先の将来を考えたときに、この制度は心強かった。
現在、江口さんは入社4年目。
衛生用品のパッケージをつくる部署で、発注から納品までのスケジュール管理などを行っている。顧客企業とは電話やメールでのやりとりとなるが、顔が見えない相手だからこそ丁寧なコミュニケーションを心がける。人好きな性格と地道な努力が功を奏して、「今期から大きい企業を任せてもらえることになったんです」と気合充分!
社内の人間関係は、Uターンならではの長所も。
「配属された部署の上司が、偶然小学生のときのバレーボールのコーチで(笑) 最初はドキッとしましたが、私のことをとても積極的に周囲の部署にも紹介してくださって、会社に早く馴染むことができました」
通勤は家から車で15分。
「満員電車もなくストレスフリー。大好きな音楽をかけながら、気分よく仕事モードに切り替えることができます」
2023年7月には、「四国中央市みなと祭」にも企業として参加。
従業員一同が浴衣で踊りを披露し、コンテストで優勝までしたそうだ。
ちなみにこのお祭りは、総勢800人が踊る盛大な「おどり大会」や商店街などのナイトバザール、7000発以上もの花火などで「愛媛のまつり50選」にも選ばれているそう。仕事も遊びも思い切りパワーを注ぎ込めるポテンシャルが、四国中央市にはありそうだ。
車で1時間あれば四国全県にリーチ、遊び場には困らない
そして、気になるのがプライベートでの「遊び方」。
まだ20代だし、やっぱりショッピングや夜遊びなど都会的な遊び方がしたいのでは?と聞いてみると
「いえ、今は気心の知れた友人や会社の同僚たちと、アウトドアで遊ぶのが楽しいですね。新宮(しんぐう)という山間の清流ではマイナスイオンに癒やされます。そのエリアにある『霧の森』では、レストランで地鶏の親子丼を食べて……、あっ、新宮はお茶の産地でもあるのですが、ここの『霧の森茶(ちゃ)フェ』では、意外と玄米茶が香ばしくておいしいんですよ」
など、話は尽きない。
「それに四国中央市は交通の便がいいので、車で1時間もあれば四国すべての県に行けます。友だちとドライブがてらカヤックなどを楽しんだり、休日もすごく充実しています。幼馴染みの友だちとはよく『子どものころは歩きか自転車で動いていたのに、面白いね』と、語り合ったりしますね」
大好きな人がいれば、そこが楽しい遊び場で自分の居場所。
そういう決断もあるのかもしれない。
Uターン就職のメリットとしては、
「実家でおばあちゃんが家事もしてくれるからこそ、仕事も遊びも全力投球できます。両親も喜んでくれています」
という点もありつつ、このまちならでは魅力もあると言う。
「時の流れがゆっくりで、人もみんな優しいんです。なので、私もゆとりが出て自分を見つめ直せ、人にも優しくなれた気がします。都会の生活に行き詰っていたら、いったんここでリフレッシュするのもありかと思いますね」
そう話す江口さんの満ち足りた笑顔が、今の充実ぶりを何よりも物語っていた。