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移住者インタビュー

音楽と農業で地域を結ぶNPO農音の発起人

松山市島暮らし農業

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▲中島を中心に点在する忽那諸島。島へ向かう船上からは、瀬戸内の多島美を堪能できる

 三津浜港からフェリーに揺られること1時間あまり。松山沖の瀬戸内海に浮かぶ中島は、島全域に柑橘畑が広がるミカンの島。深刻な高齢化が進むこの離島に、柑橘栽培と音楽活動を行いながら、ハッピーな島暮らしを目指す「NPO農音(のうおん)」の若者たちが都会から次々と移住し、地域活性化に一役買っている。

 2011年夏、先発隊として移住した農音代表の田中佑樹さん(33歳)、大友良介さん(36歳)をはじめ、居酒屋店長の経歴を持つ岩崎直久さん(38歳)、ダンサーの木室陽一さん(41歳)と、個性豊かな4人のメンバーが奏でる新しいライフスタイルは、ストレスフルな都会からの脱出を目指す若者たちの共感を呼んでいる。“四人四色”の農音ライフをシリーズで紹介する。

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▲左から、木室さん、大友さん(後列)、代表の田中さん、岩崎さん

Q まずは、農音の活動について教えてください。

農音は、首都圏で活動していたバンドマンたちが中心となって、2011年に発足した「音楽と農業で地域を結ぶNPO」です。ストレスフルな都市部での生活に疑問を感じ始めた若者たちが、過疎化の進んだ地域に集団移住して地域を活気づけようと、現在、東京と中島に暮らす約40名のメンバーが参加しています。

地域活性第一弾の地として、2011年夏、僕と大友さんの2名が中島へ先発移住し、地元の主力産業である柑橘栽培や加工業に従事しながら、後発隊が移住するために必要な住まいや、農地の確保をサポートしています。

Q 田中さんが農音の活動をはじめたきっかけは?

元々、僕は松山の出身で、大学進学で東京に出てから、ずっとバンド活動を続けていました。音楽をやったり、ダンスをやったり、芸術関係の人達って、割と自然志向で、現代社会に疑問を感じている人が多いんですね。

それなのに「どうしてツライ、ツライといいながら都会で暮らし続けているのかな」と、音楽仲間と飲みながら話している時に、「やっぱり都会での仕事と人間関係を捨てて、いきなりポンと一人で田舎に行くのは難しいのかな」という話になって。

それなら、都会の人間関係そのまま、まとめてゴソッと田舎へ集団移住するというのは、現実的にありえるよねと盛り上がって。何人かの友達と話しているうちに、メンバーが集まりそうな気配があったので、それじゃあやっちょおうよと(笑)。

とはいえ、いきなり他の人に田舎へ行ってもらう訳にもいかないので、まずは自分が先発隊として後の人が来やすい環境を作っておこうという義務感も多少ありつつ、2011年夏に中島に移住しました。でも本当は、こういうのって、フォロアーよりも開拓する人の方がきっと楽しい。中島に来てみた結果、とっても楽しいですね。

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▲田中さんが暮らす家には、ギターやドラムなどベーシックな楽器の他に、珍しい民族楽器も

Q 東京からの移住先として、中島を選んだ理由は?

都会を離れて、自分が心地よく過ごせる場所で生活することを考えると、移住先は、やっぱり農業ができる土地だろうと判断しました。結果的に中島になったのは、妻のおじいちゃん、おばあちゃんが、かつて暮らしていた家がずっと空き家になっていたからなんです。

温暖な中島は柑橘栽培に適した土地で、仕事と言えばミカン作り。
ミカンで生活するためには、作るだけじゃなくて、売らないといけない。

農音が、中島でミカンを作って、都会で売っているのは、移住者がまず暮らしていける環境を作ることが優先事項だったからです。

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▲「育たない柑橘はない」とまでいわれる中島では、季節に応じて様々な品種が収穫される

Q 中島に来る前に準備したことはありますか?

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▲地元の子どもと釣りを楽しむ田中さん。島には地域のコミュニケーションが今も残っている

1泊2日ぐらいの日程で2〜3回視察に来ました。その時は、民宿に泊まって、島の情報や、釣りの情報を仕入れたり。田舎の宿泊施設は、情報収集の格好の場なんですよ。

あとは、全国の島の移住情報を紹介する「アイランダー」というイベントに参加したり、東京にある愛媛のアンテナショップ「せとうち旬彩館」に行ったりしながら、東京で得られる情報もできるだけ入手しました。

田舎への移住について話し始めた当初は、じっくり3年計画を練ってから実行するつもりでしたが、結局、島の実情を知らずに、あれこれ作戦だけ立てていても、机上の空論で現実味がない。仲間といろいろ空想するのは楽しい時間でしたが、実際は、こちらに住み始めて分かることがほとんどでしたね。

Q 中島に来てすぐ柑橘の栽培を始められたのですか?

いえ、僕はすでに家庭を持っていたので、すぐに柑橘栽培を始めてしまうと、普通に考えたら1年間は無収入になってしまう。当初、妻は、それほど田舎で暮らすことに乗り気ではなくて、強引に来たところもあったので、まずは現金収入を絶やさないように、島で一番大きな柑橘の加工会社に1年間勤めました。

ただ、会社に勤めている間に、中島のミカンが東京の人たちの評価をどれくらい得られるのか、実験的にネットでテスト販売してみたところ、すっごく評価が高くて。

温州ミカンと一口にいっても、9月に収穫がはじまる極早生(ごくわせ)から、年明けに収穫する晩生(おくて)まで、バリエーションもいろいろで奥が深い。ベテラン農家の収穫を手伝いながら教えてもらったミカンの知識をネットを通して紹介すると、「へぇ〜」と興味を持ってくれる人も多い。おなじミカンでも、僕らみたいなNPOが販売しているってだけで、買おうかなと思ってくれる人もいる。ホント、付加価値の高め方っていろいろあるなと感じています。

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▲一部の品種は、地元の農家さんから仕入れて販売。地域の応援なくしては地域活性も難しい

Qミカンのブランド化にも取り組まれているそうですね。

はい。東京の農音支部のメンバーが、農業支援部門を立ち上げている東京のIT企業に営業をかけてくれて、『真ん中』というブランドで、昨年12月からネット通販をはじめました。

かつて中島には、『丸中』という高級ブランドがあったのですが、JAの吸収合併で消えてしまい幻のブランドと化してしまった。そこで、地元の人にも『丸中』に変わる新たなブランドとして、愛着を持って欲しいという思いを込めてネーミングしました。『真ん中』には、本州と四国を結ぶ瀬戸内海の真ん中に浮かぶ島という意味と、生産者(地方)と消費者(都市部)をつなぐ真ん中という意味も持たせています。

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▲「真ん中」ブランド専用のミカン箱。箱の真ん中に持ち手を作る遊びゴコロも

Q 田中さんご自身もミカンの栽培を始めているのですか?

農音での僕の役割は、ミカンを作ることよりも、販路の開拓がメインです。

まず、島のベテラン農家さんが作ったおいしいミカンを売って、販売のパイプラインを作っておいて、少しずつ移住者が作ったミカンの販売に移行していければいいなと。じゃないと、いきなり、柑橘の名産地だからといって、ド素人が作ったミカンを高い値段で売るわけにもいかないので(笑)。

それに、地域活性化を標榜している以上、自分たちだけが楽しいだけじゃダメで、地元にどういうメリットをもたらせるのか考えた時に、分かりやすいのは、やはりお金ですよね。
地元の農家さんから、高い値段で買って、高い値段で売って、島のブランド力を取り戻すとともに、ちゃんと生産者にお金が還元できる流れを作りたいなと。

現実には、ベテラン農家のノウハウを何十年も注ぎ込んだミカンが、ちょっと傷があるとか、サイズが大きすぎるというだけで、タダみたいな値段で加工用に引き取られていく。
農家の皆さんは、僕らの活動を応援してくれる気持ちもあって「どうせタダみたいなもんだから、あげるよ」といってくれるけど、僕らはおいしい物にはきちんと対価をお支払いしたい。

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▲皮の状態やヘタの大きさなど、味を見分ける様々なノウハウもベテラン農家さんの直伝

ベテラン農家さんの中には、「傷物のミカンを人に売るなんて」という気持ちもあるようですが、買う側が「そんなの気にしない」というのなら、僕は売ってもいいと思う。
あくまでも、僕ら素人の強みは、消費者目線。販売のルールは、「おいしい」ということだけ。
自分が本当においしいと思ったミカンだけを売ろうと決めています。

Q 中島に移住して、驚いたことはありますか?

田舎は閉鎖的、排他的というイメージが覆りました。それほど、地方の高齢化が危機的な状況で、何とかして若者に来て欲しいという意識が行き渡っているのかなという気がします。

僕の場合は、元々、妻のおじいちゃん、おばあちゃんが、中島でずっと暮らしていて、人望があったおかげもありますが、島に来た当初から、お隣さんをはじめ、こんなにしていただいていいのかと思うほど、島の皆さんに、すごく良くしてもらっています。

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▲お隣さんから差し入れされた朝堀りのほくほくジャガイモ

そういうありがたい幸運に恵まれているので、自分で「これやったぞっ」てことがあまりない。自分で開拓している気がしないのは、そういう部分なのかなと(笑)。

ただ、今回の話で重要なのは、ココだと思うんですが、都会の暮らしに疲れて「どこでもいい、田舎に行きたい」という人なら、知り合いを探せば、僕のように何かしら田舎にコネがある人が、きっとみつかるんじゃないかと思うんですよね。そういう田舎とのつながりがある人を柱として、そこを拠点に田舎暮らしをはじめるのが現実的にスムーズではないかと。

というのも、個人的に、僕の活動の原点になっているのは、知人の自殺なんです。都市部における鬱病の多さは深刻で、都会で疲れている人たちが、死ななくてもいい場所を作りたいと思ったことが、そもそものきっかけです。

だから、まずは自分たちが田舎に行って「こんな楽しい生活が本当にできちゃうんだよ」と、別の生き方を提示することで、「そんなに楽しいことならやってみようかな」と、田舎への移住者が増えるといいなと。そうすることで、結果的に救われていく地域や人もいるんじゃないかと思っています。
そんな思いもあって、田舎への移住は、思ったよりハードルが低いことをどんどんPRしていきたいと思っています。

Q 新しい移住メンバーのサポート体制は?

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▲中島では、柑橘の他にもお茶やショウガなど、別の農産物の栽培に力を入れる生産者も

農音のメンバーが島のあちこちで顔を売って、住まいや仕事探しのお手伝いをしています。

僕が住んでいる「通称・農音ハウス」は、常に一部屋空けているので、まず移住者は、ここを拠点に島で暮らしながら、空き家がみつかったら、そちらに移るという流れが出来つつあります。

仕事についても、中島に来たいと言ってくれている人は、基本的に農業に興味を持っている人が多いので、畑の確保のお手伝いが中心です。

一般的に、田舎暮らしの障壁として、農地の確保があげられるそうですが、実は中島に関しては農地確保のハードルはすごく低い。かつて中島は、島全体がオレンジに染まるほど、柑橘栽培が盛んだったそうですが、今は高齢化が進み、耕作放棄地がどんどん増えている。
島の人から「もし農業がしたいなら、こんな土地があるよ」と逆に紹介してもらうことが多いですね。

Q 農音の音楽活動はどのようにされていますか?

代表的な活動でいうと、昨年12月に松山の繁華街・大街道でPRライブを行いました。

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▲島で出会った人たちとバンドを作り、音楽でも島をPR。音を通じて人の輪が広がっていく

あとは、東京支部のメンバー達が、自分たちのライブで中島のみかんを販売したり、マルシェに出展する時に、音楽演奏をしたりしています。

かつては、バンドをやるにしても「とりあえず東京に出よう」という発想があったけど、今は地方発信の音楽も多い。それこそYouTubeなど発信する手段はいろいろ。

IT化がこれだけ進んだおかげで、都市部にいる意味は薄れているんですよね。
とりあえず買いたい物は、なんでも買えるし、メリット、デメリット両方考えてみて、もう都会でも田舎でも、どちらでもいいんじゃないのかなと。

それに加えて、東日本大震災の影響もあって、このタイミングでの移住は、時代の動きの中で、必然的な流れだったのかなと思います。

Q 今後、もっとメンバーが増えたらやってみたいことは?

それは、音楽でいうところのインプロヴィゼーション(※アドリブ、即興演奏)ですね。

音楽をやる人が来たらジャムセッションをするとか、ダンスをやる人が来たら、ダンスのワークショップをやってみるとか。どんな人が来るか、その時のノリ次第で、予想がつかないですね。

例えば、昨年11月に移住した岩崎さんは、居酒屋の元店長で、音楽も農業もやらないけど、料理が得意で魚もさばける。「それじゃ、島で畑を荒らして問題になっている猪を使った料理を考えてよ」という話になったり、「将来的に居酒屋さんができたらいいね」という話で盛り上がったり。

いろんな人が集まればアイデアも出るし、エネルギーも何らかの方に向かっていく。
春には、東京からバンドマンの女の子と、長崎から小さな子どもさんがいるご家族連れの移住も決まっていて、夏までには移住者が10人になる見通しです。

今後は、特に柑橘のオフシーズンになる夏場を中心に、NPOの本来の目的である地域活性化にウェイトを置いた活動が楽しくできると理想的ですね。

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PROFILE

移住先エリア

移住先周辺の地図であり、正確な場所ではありません。

NPO農音代表:田中佑樹さん(33歳)
2011年7月、農音の移住先発隊として松山市中島にUターン
居住経歴:愛媛→東京→神奈川→東京→愛媛

●音楽と農業で地域を結ぶNPO農音
http://noon-nakajima.com/
●Noon Facebook
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