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移住者インタビュー

自家製チーズを作りたい、夢の実現を求めて

内子町山暮らし起業

“木蝋と白壁の町”として知られる内子町の山間部に、新しい夢を求めてやってきた若者と、長年抱き続けた夢をかなえたいと思う酪農家が力を合わせ、チーズ工房「醍醐」を立ち上げた。そして、記念すべき試食販売の日、道の駅「内子フレッシュパークからり」で、あっという間にチーズは完売した。

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左が國分さん、右が山田さん

●ヨーロッパの田舎で食べたチーズが原点

 東京の大手通信会社に勤め、何不自由ない生活を送っていたという國分さん(38歳)。理想の手作りチーズを目指して一念発起、退職して移住に至ったきっかけは、夫婦で訪れたイタリアでの体験だったという。
「ヨーロッパの田舎を旅して、のんびりと流れる時間がとても心地良かったんです。」
 そこで、ワイン好きのご夫妻は現地で食べたチーズ(パルミジャーノ)に衝撃を受けた。東京で食べるチーズと全然味が違ったのだ。

「美味いチーズは産地に行かなければ味わえない」と感じた國分さん。さらに、イタリアの農家の方が作物や加工品を作ることに誇りを持っていることにも感動した。
今まで15年間過密な東京で暮らし、情報化社会、工業化社会を生き抜いてきた國分さんは、収入の面などでは恩恵を受けていたであろうが、“何かが違う”という違和感を抱えたまま暮らしていたのかもしれない。

●チーズ作りができる移住先をリサーチ

 平成21年、宮城県の蔵王酪農センターでチーズ作りを学び、同時にチーズ作りを可能にする場を求めて移住先を調べ始めた。
内子町は「支援体制がしっかりしていたこと」「丘陵地帯の風景や乾燥気味の穏やかな気候が、イタリアに似ていること」から候補の1つに挙がった。そして行政側の姿勢にも好感が持てた。國分さんの計画を真剣に検討し、1人の酪農家を紹介してくれたのだ。その方が、現・共同経営者である山田博文さん(67才)だ。

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山田さんの掛け声で牛たちは牧場内を移動する

●共同経営者との偶然の出会い

 「本当に偶然だったんです。」山田さんはたまたまその日、役場を訪れていたという。
 父親から酪農業を継いだ山田さんだが、若い頃からチーズ作りの夢を持っていた。家業の傍ら、コツコツとチーズ作りに必要な道具を揃え、これも偶然なのだが、國分さんと同じ時期に北海道の共働学舎でチーズ作りも学んでいた。
國分さんのチーズ作りにかける熱意を感じた山田さんは、出会った日の翌朝、國分さんに電話をかけた。“チーズ作りは簡単なことではないが、2人で力を合わせれば夢の実現も可能になる。この分野は成長も見込めるし、何よりお互いの人間性が信頼できるものなので、一緒にやってみよう。”

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工房は内子町の山の上にある。少し降りたところから町を見下ろす

●平成23年4月内子町へ夫婦で移住

 約1年の準備ののち、國分さんは平成23年4月に奥様を伴い内子町へやってきた。建築業界に身を置いていた奥様も、ヨーロッパの古建築に触れ、古民家再生に興味を持っていた。古い町並みを残す内子への移住には、奥様の方がむしろ積極的だったとか。
「内子町の印象は“町が明るい”こと。人々は皆おおらかで温かく、アドバイスや忠告も、穏やかに心に沁みるんです。私が、計画通りに進まずイライラしているとき、いつも山田さんが上手になだめてくれます。」

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山田さんの牧場には搾乳牛20頭、育成牛10頭がいる

 2年間の期限付きではあるが、町の研修者用の受け入れ施設に住むことができた。肝心の工房は、山田さんの住居(事務所も兼ねる)と牛舎の間に構えた。搾りたての牛乳を傷めないよう「牛乳は運ぶな」と共働学舎で学んだからだ。

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清潔な工房内。設置してある機械類は、山田さんの夢のコレクション

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この窓からパイプを通し、搾りたての牛乳を傷めないよう、自然流下式で工房に送り込む

●チーズ作りで苦労した点を教えてください。

「工房を手作りしたことですね。内装や設備の設置を素人2人が見よう見まねで…」と苦笑する。
「そして、大手の大量生産製品とは違う“内子ならではの、ここでしか作れないチーズ”を作ること、そして価格帯をどうするかということでも悩みました。」

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熟成庫に並ぶチーズ。空気を清浄に保つ効果がある炭が置かれている

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バレンタインデー用に作ったハート型のチーズも大好評

●移住に関する不安や苦労はありませんでしたか?

「特に苦労と感じたことはないです。内子での生活はすべてが新鮮。ムカデやハチなどに悩まされたりもしましたが…」と、頭では理解していても、自然との共生は身体がついていかなかったとか。

 現在、内子町の酪農家の中で、チーズ作りで競合するところはない。他の酪農の町同様に、後継者問題を抱えているので、今後も競合する可能性は極めて低い。だから町ぐるみで國分さんを応援してくれている。
「仕事で繋がっているので、地域に溶け込むことができたのだろうと思います。」

奥様は、現在内子町内で仕事を得て働いているそうだ。
「私より、町中で働いている妻のほうがよっぽど地域に溶け込んでいるようです。でも、工房が軌道にのり忙しくなってきたら、こちらの仕事を手伝ってもらうつもりです。」

定住のための住居も考えなければならない。工房の2階を住まいにする方法もあるが、奥様の夢である古民家を再生して住むという案もなきにしもあらずと、思案の最中のようだ。

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工房は山田さんの住居と隣り合って建つ

●現在、移住を検討中の方へのアドバイスをお願いします。

「自分たちの理想だけを掲げて来ないこと。自分たちだけで解決できないことは、多々あります。地域の方々の意見は大事です。その土地での経験は、先方が圧倒的に多いのですから。他人の意見を素直に取り入れる柔軟さは必要ですね。」

國分さんは地元の方の意見はお宝だという。分からないことは全て山田さんに尋ねたといい、新参者が村社会に認知してもらえたこと、生活スタイルを教えてもらえることなど、工房のパートナーとしてだけでなく、山田さんの存在は國分さんにとって非常に心強い。

また、「楽しんで生きていくことを、若い人たちに見せたい。私たちの今の生活が、1つのライフスタイルの提言になればいいですね。」と、移住の先達としての目標も。

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内子でしか味わえない「醍醐」のチーズ

●納得のいくチーズ作りを目指す

工房の名前「醍醐」は、平安時代に日本で作られていたチーズに似た乳製品からとった。
「西洋の食べ物と思われているチーズですが、昔から日本の食文化の中にあったのです。『醍醐』は、ヨーロッパで培われた製法になりますが、昔ながらの製法にこだわりたい、という願いをこめて名付けました。」

「醍醐」のチーズをいただいた。1週間熟成させた、真っ白な白カビタイプのチーズ(内子の白カビチーズ)。一口食べるとふわっとミルクの風味が広がっていき、それがいつまでも口内に残るのだ。この風味の余韻が、國分さんたちのチーズの一番の特徴だ。もう1種イタリアのフレッシュチーズ「リコッタ」も好評だという。

「なかなか姿を見せないので“幻のチーズ”と言われていますが、本当に幻に終わらないように、納得のいくものを作っていきたいですね。そして、いつかはパルミジャーノを作るのが夢なんです。」

 
國分さん、山田さんの夢を実現する「醍醐」のチーズは、2月1日から内子町の道の駅「内子フレッシュパークからり」とホテルオーベルジュ内子の「マルシェ」で、数量限定で販売されている。
偶然の出会いだったといわれたが、二人にとっては出会うべくしてあった「必然の出会い」だったのだろう。

 

PROFILE

移住先エリア

移住先周辺の地図であり、正確な場所ではありません。

國分茂樹さん、(妻)菜穂美さん  
平成23年4月神奈川県から内子町へIターン
チーズ工房「醍醐」ホームページ 
http://daigocheese.com/index.html

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