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移住者インタビュー

海が好き、島が好き。だからこの島に決めました

松山市島暮らし起業漁業子育て

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▲岡崎俊介さん、律加さん、碧ちゃん、廉くん。長女の瞬さんは中学校、長男の真くんは保育園へ行っている

 忽那諸島のひとつ・安居島は、北条港の約13km沖、斎灘(いつきなだ)のほぼ中央に浮かぶ周囲3.5kmほどの小さな島だ。ここはかつて近海を航行する船の“潮待ち”“風待ち”の島として栄えたが、全国にある離島と同じく、過疎化と高齢化の波に呑まれていった。そんな島への移住を決め、現在は漁家民宿を営んでいる岡崎さん一家を訪ねた。

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▲美しい海に囲まれた安居島

 鹿島行の定期船が出航する北条港の一角に安居島行の船着き場があり、そこからフェリーで35分、目的の島に着く。「漁家民宿 おかざきや」は港から歩いて5分、集落の一番端で海に向かって建っていた。

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 出迎えてくださったのは、ご主人の岡崎俊介さん、奥様の律加さん、次女・碧ちゃんと3月に生まれたばかりの次男・廉君だ。

まずは昼食にと用意くださったメニューが、サザエカレーと鯵のつみれハンバーグ、ひじきのサラダ、わかめと卵のスープ!さすが周囲をぐるりと海に囲まれた民宿の島ランチだ。

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▲具材がサザエという贅沢なカレー

—ご出身はどちらですか?

 親は転勤族でしたが、出身地は私が岡山県、家内は島根県です。30代半ばまでは、広島で居酒屋をしていました。忙しい日々を送っていたのですが、遊びに行った鹿児島県のトカラ列島で漁を体験し、思わぬ釣果があってこれはいい所だな、と。

 もともと島好き、海好きのお二人は、ぜひここに住みたいと思い、一家で遠いトカラに移住を決めたのだそうだ。
トカラ列島での漁師生活には俊介さんも律加さんも満足しており、ここで長男も授かっている。のびのびとした島ライフを満喫していたという。

—では、なぜ安居島へこられたのでしょう?

 私の父が亡くなくなったことで事情が変わりました。
なるべく岡山で暮らしている母の近くの島で暮らそうと考えていたところ、たまたまテレビ番組で安居島が紹介されていて、“なんて海のきれいなところだろう、ここに住みたい”と思ったのです。

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▲島民は桟橋から少し離れたところに船を停泊させ、小船に乗り換えて上陸する

 安居島に一目で“魅せられた”という俊介さん。実はこの前に瀬戸内の他の島への移住を考えていたところだった。安居島へ、と決心した俊介さんは、愛媛ふるさと暮らし応援センター経由で松山市の担当者に連絡をとり、島の区長を紹介してもらった。その方が、今や俊介さんが敬意をこめて「師匠」と呼ぶ井上三喜雄さんだ。
井上さん夫妻は、ともに安居島生まれ。若い頃は関西で暮らしたUターン経験者だ。

—移住計画はスムーズでしたか?

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▲ほとんどが空き家という安居島

 突然、見知らぬ者が島に住みたいといってきたのですから、島の人たちは当然戸惑われたようです。その仲立ちをしてくれたのが師匠の井上さんでした。私たちを受け入れるため、島民の寄合が開かれ、おかげで一軒の空き家を借りられました。しかも学齢期の子供たちのため、島と北条港を1日1往復する定期船の時間を、通学に間に合うように変更してもくれました。
平成21年9月、師匠をはじめ全島民の協力のおかげで、安居島での生活を始めることができました。ここでは野菜は自家栽培、魚は自分の船で漁に出てと、自給自足に近い生活が営まれています。新参者の私たちは、野菜をわけてもらったり、漁を教えてもらったりと、家族のような付き合いをしてもらっています。

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▲各家の前に自家菜園がある

—島には病院や診療所はおろか、商店さえもない。
小さなお子さんがいて、不便は感じませんか?

 コンビニがなくてもお隣さんがありますから!無いものは借りられますし、足りないものは分けてもらえるので大丈夫です。トカラにいた頃は、町まで船で10時間以上もかかったんです。ここなら約30分で大きなスーパーのある北条へ船で行けるので、とても便利ですよ。岡山の親戚も近くなったね、と喜んでいます。
急病の時は、救急艇(救急車専用フェリー)もあるので、心配はしていません。ただ、子どもが学校にいる間に海がシケて船が出なくて帰れない場合に備え、クラスの友人宅に泊めていただけるよう、お願いはしてあります。

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▲民宿の目の前に広がる海

 移住から1年が過ぎようとしていた頃、近所の人から漁家民宿をやってみたら?とアドバイスされた。「自分はマイペース」という俊介さんだが、生きていくためには収入を得なければならない。この頃、律加さんのお腹には20人目の島民となる廉君が宿っていた。民宿の経営は島で自活していくための手段となりえる。
 借りていた家から数軒離れたところに建つ現在の住居を購入、内装などに手を加えて、平成23年7月「漁家民宿 おかざきや」をオープンさせた。 

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▲漁家民宿 おかざきや

 

—民宿を始められ、生活はどう変わりましたか?

 民宿は主に家内がきりもりしています(笑)。
小さな子どもをかかえているので、平成24年2月までは、1日1組限定です。大変ですが、そこは飲食業に就いていた経験が役立っていると思います。私の役目は、食事に使う魚介類を獲ってくること、子どもの相手をすること。自然に恵まれた環境、素朴で古いものを大切にする慣習など、ここは子どもを育てるのにとても良い条件が揃っていると思います。

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▲客室からは海が一望できる

—今後の抱負をお聞かせください。

 民宿だけでは自活はできません。安居島で食べていくには、やはり漁を覚えないと。私は目下、漁業権の取得を目指して、漁師の仕事を修業中です。トカラ列島で漁師の経験があるとはいえ、ここでは魚の種類も違えば漁法も違う。師匠には教わることばかりです。
 学ぶべきは漁だけではありません。島での生活はまだ2年、知らないことも多い。島の未来の一端を担う一員となったからには、地元の祭りや行事も覚え、受け継いでいきたいですね。
そして、この島に定住する仲間を増やしたい。そのために私たち家族が移住第1号として、後に続く人たちの良い目標になりたいと思います。

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▲商売道具のウェットスーツ

—この先、移住を考えている人たちに一言お願いします。


 この島の場合もそうですが、受け入れ先も覚悟を決めて、定住に向けての協力をしてくださるのです。なので、そこでいかにして自力で生活できるようになれるのかを真剣に考える必要があります。かくいう私も自立に向けて頑張らないといけませんね。

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▲ご近所さんとご挨拶「今日もごきげんだね〜」

 小さな子どもを連れての移住には、計り知れない苦労があると思うのだが、おおらかなご夫妻からはそんな様子は微塵も感じられない。子どもたちが一家と住人らの“カスガイ”となっているからだ。
港へ向かう道で、ベビーカーに乗せられた廉君に通りがかった女性が笑顔で話しかけてきた。20年ぶりに島で生まれた子どもという廉君を見る目は温かい。「島のみんなが育ててくれるようなものですね」と律加さんが笑った。

PROFILE

移住先エリア

移住先周辺の地図であり、正確な場所ではありません。

岡崎俊介さん(38歳)鹿児島県からのIターン
  律加さん(38歳)
  長女・瞬さん(14歳) 
  長男・真くん(5歳)
  次女・碧さん(2歳)
  次男・廉くん(10か月)

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