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移住者インタビュー

自然の中で楽しむ田舎暮らしと天然酵母のパン作り

松野町山暮らし起業子育て

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「豊かな自然の中で子育てがしたい」と、大阪での教員生活に終止符を打ち、平成7年に家族4人で松野町にIターンした濱田章二さん(55歳)。四万十川の源流域にほど近い、松野町の森の中に構えた天然酵母パン「木もれび庵」で、自然の恵みを生かした体にやさしいパンを15年間焼き続けています。「なんとかならい」の精神ではじめた田舎暮らしについて伺いました。

Q 田舎暮らしに興味を持ったきっかけは?

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もともと、大阪で中学校の美術教師を12年間していましたが、教師になってすぐ結婚し、子どもが生まれ、次第に自然の緑が少ない都会の環境に、物足りなさを感じるようになりました。

人に習うことも大事ですが、やはり、一番のお手本は自然。

物心が付く前に、子供たちに自然の厳しさと優しさを体験させることは、将来、大きな財産になるだろうと思い、緑の多い田舎への移住を考えるようになりました。

Q 松野町への移住を決めたきっかけは?

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たまたま、ぷらっと立ち寄った書店で、四万十川沿いの物件が載っている田舎暮らしのガイドブックを見つけ、現地の不動産屋さんの案内で、物件を見に来たのがきっかけですね。

目当ての物件は、残念ながら条件にあわなくて、「それじゃ、家族で四国観光でもして帰ろうか」と思っていたところ、「せっかく来たのだから、もう1軒、近くの物件をご案内しますよ」と不動産屋さんに連れてきてもらったのが、この場所です。

ここは県道から、狭くて細い山道に入って5分ほど走った先の深い緑に包まれた山の中。こんなところに、本当に民家があるのかなぁと不安に思った頃に、目の前に突然、パァっと明るい光が降り注ぐ田んぼが現れて、その明るく、広々とした風景に惹かれて、移住を決めました。

Q こちらに来て、はじめたことは?

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05stobe.jpgまずは、農作業小屋をパン作りの工房に整備することからはじめました。建築のことは何も知りませんでしたが、「何とかならい。とにかくやってみよう。」と、田舎暮らしを楽しみつつ、のんびり1年かけて(試行錯誤しながらも)自分たちの手で改装しました。途中、近所の方も、いろいろ手伝って下さいました。

こちらの地域の人は、土としっかり結びついた生活をしているからか、みなさん親切で温かい。畑の野菜を持ってきてくださったり、「余っているから持っておいき」と手作りの薪ストーブをくださったり。

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パンの販売ルートも、松野町役場の方との偶然の出会いがきっかけで見つかりました。

たまたま、大阪から引っ越しして来た日に、松野町の食堂で家族で食事をしていると、大阪弁で話していたのが目立ったのか「どこから来たんどな?」と役場の方に声をかけられまして。大阪から移住してきた経緯をお話しすると、今度は、「ここで、どうやって食べていくのか」と心配してくださって。
「宇和島に働きに出ても良いし、パンを焼いて食べていこうかな」と脳天気に答えると、「パンが焼けたら、一度、役場に持ってきさいや」と誘っていただいて。

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ちょうど、その1年後に、道の駅「虹の森公園」がオープンし、役場の方の紹介で、その特産市コーナーにパンを置いてもらえることになりました。

当時、無添加の天然酵母のパンはめずらしくて、いろいろなメディアにも取り上げていただいて本当にありがたかったですね。
「なんとかならい」と、はじめたパン作りですが、自分たちの力だけじゃ、これまで絶対にやってこれなかった。いろんな人達の手助けのおかげだと感謝しています。

 

 

 

 

 

 

08hamada1.jpgQ  そもそもパン作りをはじめたきっかけは?

もともと僕は、小さい時からパンが好きで、よく食べていたのですが、結婚して、少し体調が優れなかった時、「大手メーカーの添加物入りのパンより、どうせだったら手づくりのパンを食べたら?」と、大阪の文化教室でパン作りを習っていた妻に勧められたのがきっかけですね。

私たちは、もともと物を作るのが好きな夫婦なので、手作りしたパンの素朴で温かみがあるところに、どんどんハマっていきました。
せっかく作るんだったら、「自分の子供たちにも安心して食べさせられるパンがいい」と、いろいろな店を食べ歩きしながら、添加物の入っていない国産小麦100%で天然酵母の手作りパンを作るようになりました。
いろいろ試行錯誤をしながら、常時20種類ぐらいのパンを焼いていますが、一番の自信作は、オーガニックレーズンとくるみがたっぷり入った「森の詩(うた)」というハード系のパン。
砂糖や卵、乳製品をまったく使っていないパンですが、素材の甘みが楽しめるパンで、売れ残ると家族でラッキーと喜ぶぐらいおいしいパンです(笑)。

09pan.jpg最初はヘタでも一生懸命ずっとやり続けていたら、どうすればおいしいパンになるのか自然に分かってくるもの。手前味噌ですが、焼き始めて15年の10年経った頃から、やっと自分たちが美味しいと感じ、人にも認めてもらえるパンが焼けるようになってきたと感じています。

虹の森公園での販売以外にも、松山でやっている道後の「湯上がり朝市」、高知の「オーガニックマーケット」などのイベントにも出店しています。定期的に出店するようになってから、リピーターも増えてきていますね。

特に、高知の「オーガニックマーケット」は、素材に対して厳しい出店基準があるだけに、お客さんの意識も高いように思います。やっと、自分たちが目指しているパンを欲しいと思って買いに来てくださるお客さんに出会えた気がしています。高知まで販売に行くのは、体力的にはきついけど、充実感はありますね。

 

 

 

 

 

 

Q  松野町の中学校で非常勤の美術講師もされたそうですね?

大阪で中学校の美術教師をしていたということもあり、2年ほど前に、松野町の中学校で非常勤講師も勤めました。
久々の学校は楽しかったのですが、現在のカリキュラムは、美術の作品作りにかける時間が少なくなっているのが心配ですね。美術は、心を育てる科目だと思っているので、できるだけ、子ども達の感性に響く体験ができるように、授業の進め方や教材を工夫しました。

現在も、道後の「湯上がり朝市」にパンの販売に出かけた際に、松山市内で水彩画の教室を定期的に開催しています。

Q 今後の目標は?

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こちらに来た当時、幼かった子どもたちも成長し、娘はライブ活動をしながら歌手を目指し、息子も春から横浜の大学院に籍を置き、ダンス・パフォーマンスの勉強を続けることになりました。それぞれ成長し、自分たちがやりたいことを見つけ、時には、親子で芸術談義に花を咲かせることも。私も、子ども達に負けないように、今後は、絵を描く時間を増やしていきたいと思っています。できれば、1〜2年に1回のペースで個展もやっていきたいですね。

松野町には、描いてみたい風景がたくさんありますし、今後は、人物も描いてみたいなと思っています。

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▲地元の区長さんからのご依頼で「地域づくり計画書」の表紙を濱田さんの絵が飾りました。
現在、松野町の町勢要覧に掲載する水彩画も制作中です。

Q 今後、田舎暮らしを考えている方へアドバイスを

まず一つは、「モチベーション」に関してですが、自分の本当にやりたいことに時間をかけることが大切だと思います。勇気を出した分だけ、きっと何かが起こります。

もう一つは、田舎暮らしをするなら、ある程度の「キャッシュフロー」を考えておくこと。
あまりに脳天気に田舎暮らしを始めるのは、やはり厳しい部分があります。
貯金をしたり、現金収入を得る道を確保しておくことが大切だと思います。

全く正反対のアドバイスのように思われるかもしれませんが、どちらも自然の中で暮らしていくために欠かせないことだと実感しています。

PROFILE

移住先エリア

移住先周辺の地図であり、正確な場所ではありません。

濱田章二(はまだ しょうじ)さん(55歳)

平成7年に大阪から家族4人で松野町にIターン。
天然酵母パン「木もれび庵」をオープンし、虹の森公園を中心に、素材にこだわったパンを製造・販売している。

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