愛媛で暮らそう!えひめ移住支援ポータルサイト e移住ネット

移住に関する お問い合わせ えひめ移住情報アラカルト
文字サイズ
  1. トップ
  2. 移住者インタビュー
  3. 夫婦でみつけた心豊かな暮らしの拠点

移住者インタビュー

夫婦でみつけた心豊かな暮らしの拠点

伊予市海暮らし起業就職子育て

01ninomiya_family.jpg

美しい夕日の町として知られる、伊予市双海町の海辺で暮らす二宮健さん、真理子さん夫婦。東京と沖縄で教員をしていた2人は、結婚後7年間離れて暮らしていましたが、健さんが愛媛県の教員採用試験に合格したことをきっかけに、愛媛への移住を決めました。現在、健さんは松山の中学校の先生として、真理子さんは陶芸家として、日々の暮らしを満喫しています。

Q 愛媛に移住するまでの経緯を教えてください。

健さん—もともと、僕は出身地の東京で中学校の技術・家庭の教員をしていました。彼女は、出身地の神奈川県を離れ、大好きな沖縄で教員をしていて、たまたま旅行先の北海道で知り合って結婚しましたが、お互い教員同士だったので、別々に暮らし始めました。僕は、結婚してすぐに、JICAの青年海外協力隊で2年間、ミクロネシアの南の島へ行っていて、その間に、彼女は教員をやめて、沖縄で陶芸の勉強を始めていましたね。

真理子さん-–私たちは、教員同士だったから、どちらかが動かないと、一緒に住むことにはならなかったけど、なかなか沖縄を離れられなくて。沖縄での最後の勤務地となったのが、八重山諸島にある波照間島。日本最南端の有人島にある中学校で、音楽と美術を教えていました。

波照間島は、内地からたくさんの移住者が訪れる素朴で美しい島。自分らしく生きたいと、会社をやめて移住された人や、物作りをして心豊かに暮らす人たちとお会いするうちに、「自分も物を作る心豊かな生活がしたいな」と思うようになり、ちょうど自分が30歳になる節目の年に、どこに住んでも続けられる陶芸の勉強を沖縄で始めました。

02harerumabon.jpg
▲ 真理子さんの波照間島での経験をまとめた本

健さん—03takeshi.jpg僕は、1999年の7月に青年海外協力隊の任務を終えてミクロネシアから帰国し、教員に復職しました。南の島での暮らしは楽しかったけど、帰国してすぐは、東京での生活も刺激的でしたが、すぐにあきちゃって(笑)。やはり、東京は緑も空気も良くないし、騒音もうるさくて、せわしない。次第に、東京で住み続ける気持ちはなくなって、沖縄に行ってもいいかなと、沖縄の教員採用試験を受験しました。

沖縄の教員採用試験の結果は開示されていて、一次試験は、2位の好成績だったので、「来年から沖縄だ!」と楽観していたんですが、面接と論文だけの二次試験の結果、順位が6位にまで急降下し、不合格になってしまって。面接で一緒だったのは、地元・沖縄出身者や沖縄の大学に通う学生が多くて、面接で点がもらえないのは、やはり、沖縄に来る必然性の部分が足りないからじゃないかなと感じました。

当時、沖縄県の教員採用試験の年齢制限は35歳で、その時34歳だったから、あと1回は受験のチャンスがあったけど、今回の結果からすると、地縁・血縁がない沖縄で採用されるのは、なかなか難しいぞと。
そんな時に、愛媛の叔父が相次いで亡くなって、「愛媛に呼ばれているのかな」という気がして。

というのも、僕の両親は、久万高原町の出身で、今も親戚が久万高原町で暮らしています。そういう縁もあって、愛媛もいいんじゃないかと愛媛県の教員採用試験を調べてみることにしました。

Q 愛媛県の教員採用試験に年齢制限はなかったのですか?

健さん—当時の愛媛県の教員採用試験の年齢制限は、30歳まで(現在は40歳)でしたが、他県の公立学校の現職教員なら、年齢制限を設けないという規定がありました。彼女に、「愛媛はまだ受験できる。愛媛でもいい?」と相談したら、「去年は沖縄を受験して、努力してもらったから、愛媛でもいいよ」という話になり、愛媛県の教員採用試験を受験しました。そこで、合格したことが、愛媛に移住する直接のきっかけになりましたね。

真理子さん—彼は、幼少時代に、毎年、久万高原町に遊びに来ていたそうで、愛媛にいい思い出がたくさんあったみたいですね。
私は、沖縄が本当に好きで、結婚してからも、別々に暮らしていましたが、場所はどこでも、自分らしい生き方はできるんじゃないかなと思うようになって、愛媛に来てみようと決心しました。

結婚してから、お互いの価値観が一緒になるというか、ゆずりあえるまでに7年かかりましたね。この年月は、お互いにとって必要な時間だったと思います。

Q 愛媛での住まい探しはどうされたのですか?

健さん—愛媛に来たのは、2003年の春。彼女は、アパート探しに来た時が、四国初上陸でした。ちょうどその時、長女のそらがお腹の中にいました。
最初に暮らしたのは、赴任する中学校の近くにあった松山市津吉町のコーポ。松山の市街地は都会ですが、津吉町は松山の郊外の田んぼが広がるいいところでしたね。

そこで、せっかく愛媛に来たんだから、自分たちなりの生活、生き方ができる土地を落ち着いて探そうと、実際に車を走らせて「売土地」の看板を見て回っている時に、この土地に出会いました。

ここなら、「海が見えて、薪窯ができる」という条件に合うなと思って決めて、ログハウスを新築し、2004年の秋に、転居しました。ちょうど、長女のそらが1歳になって、歩き始めた頃でしたね。

05rogu.jpg

▲高台に立つログハウスは、北海道で知り合ったご夫婦の昔からの憧れを実現したもの

Q 双海での焼き物作りはいつから始められたのですか?

04kannbann.jpg

真理子さん—長女のそらが1歳半になって、保育所に入ってから、準備をはじめました。
まずは、自分で薪窯を作りたかったので、愛媛県内で薪窯をやっている方の窯をめぐり、それから沖縄で薪窯をやっている方の窯を参考に、2000個のレンガを自分で積んで薪窯を作りました。

その間に、二人目の大洋の妊娠・出産をはさんだので、完成まで2年ほどかかりました。去年の春に初窯を焼いて、ようやく生産の体制が整ってきたところです。

07makigama.jpg

▲ 2年掛けて手作りした薪窯

06utuwa.jpg双海に移り住んで、どういうスタイルで焼き物をやっていこうかと考えていた時に、地元の方が、ここは高野川陶石(こうのかわとうせき)といって、昭和50年代ぐらいまで、砥部焼の釉薬(ゆうやく)になる陶石がとれていたということを教えてくださって。
ちょうど、自宅前の山の反対側が採石場なんですけど、今はもう採石していないので、崩落した陶石をわけていただいて、釉薬に使うことにしました。沖縄の焼き物の技法で、赤土に白化粧するという技法があるんですが、この白化粧に高野川陶石が使えるんです。

あと、陶石がとれる土地なら、土も焼き物に使えるんじゃないかと、近所のフットサル場を造成するときに出た土を試してみたら、やはり火に強い土だと分かって。ただ、ちょっと粘り気が足りなかったので、松山で瓦に使っている土を少し混ぜると、ちょうど良く焼き上がりました。
それで、「なるべく地元の身近な物で作る」ことを物作りのモットーにしようと決めました。

そういう風に決めたのは、子育てをする中で、昔から母親は、身近な物で、身近な人(家族)のために物を作っていたんだということに気づいて、「これが物作りの原点かも」と感じたことも大きいですね。

この土地に、焼き物の原料があるなんて全く知らずに移り住みましたが、来てみたら、思いがけない土との出会いがありました。今思えば、この土地に呼ばれたのかもしれません(笑)。

ただ、自分で山に入って石を取り、砕いて、釉薬作り、さらに粘土も作るとなると、それだけで半年かかってしまって、肝心の焼き物が全然作れない。

 

当初は、薪窯一本でやろうと思っていましたが、自分が作ったものが、どんな風に焼き上がるかテストする時に、いちいち薪窯でやっていたんじゃ大変なので、ちっちゃな灯油窯を買い、クラフト系の手軽な焼き物作りも始めました。

08garally.jpg

クラフト系の焼き物は、購入した益子の土と釉薬を使って安く提供する一方、自分のこだわりの作品は、手間をかけて自分で作った土と釉薬を使って、薪窯で焼くことにしようと。
こういう風に、安くて気軽に使える「クラフト系」と、作り手のこだわりを反映した「作品系」の二つに分けることで、お客さんのニーズにも添っていきたいと思っています。

Q ここで陶芸教室も開いていらっしゃるそうですね。

真理子さん—教室は、気軽にはじめられる1回だけのお試しコースに参加される方が多いですね。
09sisa.jpg去年からは、夏休みの親子陶芸体験教室もはじめました。夏休みの宿題がてら、やってみたいというご近所の方もいらっしゃるので。
陶芸の体験教室では、2時間ぐらいで作れる沖縄のシーサーが人気です。愛媛に来たらシーサーを作る機会はないだろうと思っていたんですけど、最近、風水でシーサーが紹介されたようで、結構需要があって、売れ行きもいいんですよ。
先日、「恋人たちの聖地」に選ばれている地元の双海シーサイド公園のイベントに出店した時は、ハートの台に、カップルのシーサーを寄り添わせた「ラブラブシーサー」を出品して好評でした。

 

Q 今後、作品作りの目標はありますか?

真理子さん—まだまだ先の目標なんですが、物を売るだけの展示会ではなくて、陶石など、原料のパネルを作って、ここの土地の土と陶石で、こういう焼き物ができるんですよということが紹介できる展示会ができたらいいなあと思っています。特に、地元の人に高野川の原料を使った焼き物の存在を知ってもらいたいですね。
10paneru.jpg9月には、地元の子どもを対象にした「双海町の土で焼き物を作ってみよう」という4回シリーズの教室を実施する予定です。こういう活動を通して、地元の人が地域を再発見するきっかけになればうれしいですね。

Q愛媛で暮らして大変だったことは?

健さん—松山から双海に移って、一番ビックリしたのは、この地域に水道がなかったことですね。
双海の中でも町外れに位置する、この集落は公営水道も簡易水道もない地域。今まで、水道は当たり前だと思っていたので、これは本当に驚きました。

現在は、前の土地の所有者が、裏の山から取水した沢水を浄水フィルターを通して使っています。こちらに来てすぐの頃は、前の土地の持ち主がお元気だったので、取水パイプの面倒を見てもらっていましたが、今はパイプのメンテナンスは僕の担当です。一度、パイプのつなぎ目が抜けたことがあったんですが、その場所を見つけるのに、山の中を歩き回って探したこともありました。

あと、ここは、田舎だから、農家じゃなくても、どの家にも自分の草刈り機があって、道ばたの草刈りで活躍してます。ここじゃ、草刈り機がないと近所づきあいができないですね(笑)。

11makiwari.jpg

▲薪割りも健さんが担当

 

真理子さん—私たちには小さな子どもがいたので、地域の方と溶け込みやすかったと思いますが、不便に感じたのは、ご近所に同世代の核家族がいないこと。同居又は、お隣にすぐ頼れる実家がある家族がほとんどです。

愛媛に来た当初、松山のコーポで暮らしていた時は、周りに同世代の核家族がいたので、ちょっと子どもを預けてみてもらうのが「お互い様」の感覚で気軽にできたんですよね。

ここでも「困ったときは声をかけなさいね」といってもらえるんだけど、子育て中は、「いざという時」よりも、むしろ「上の子を幼稚園に迎えに行きたいんで、ちょっとみてて」といったような、「ちょっとした」日常茶飯事の困った時に、気軽に「お互い様」ができる同世代の友人が近くにいてくれると助かるのになぁというのが本音です。

ただ、これは、愛媛に限らず、どこの県でも、県庁所在地から少し離れた集落で暮らすと起こりうる問題だと思います。

Q 逆に愛媛に来て良かったことは?

健さん—それはもう、なんといっても、毎日の暮らしを満喫できることですね。変な話、水の問題も含めて、日々の生活を楽しんでいます。

僕は、松山市内の中学校まで、車で30分ほどかけて通勤していますが、松山の人の感覚では「遠いから大変だよね」といわれるけど、都会の感覚では、普通というかむしろ短いぐらいで。通勤時間はだいぶ短縮されましたね。東京では、毎日ぎゅうぎゅうの満員電車で通勤するのが当たり前でしたが、今からでは、もう無理でしょうね。

それから、休みの日に、ちょっとどこかに遊びにいこうかという時も愛媛は便利。
東京だと、どこに行っても混雑していて、海水浴に出掛けても、少し出遅れるとパラソルを立てるスペースもないのが当たり前。その点、近所のシーサイド公園の海水浴場は、この辺ではたくさん人が集まる人気の海水浴場ですが、それでもお昼前に出掛けても、パラソルを立てて寛げたのには感激しました。

12sea_side2.jpg

▲恋人達の聖地に選ばれているふたみシーサイド公園

何よりも、わざわざどこかに出掛けなくても、毎日の生活を満喫できるのがいいですね。1年のうち10ヵ月ぐらいは、家のログハウスのデッキから海に沈む美しい夕日も見られるんですよ。

13burannko.jpg

▲美しい夕日を望むデッキにはお手製のブランコも

Q 今後、愛媛に移住しようかなと思っている方へアドバイスを

健さん—仕事があるという前提で、住むことだけを考えると、愛媛には東京にはない魅力がある。
通勤のこともそうだし、休みの日に遊びに行こうかというのもそうだし。
ショッピングとか、あるいは美術館に行くとか、コンサートを観るとか、近代的な物質的な生活を求めていたら、それは、都会の方が便利かもしれないけど、自分で何かをして、生活を楽しもうと思うのであれば、絶対こっちの方がいいですよね。

それと、住んでみて便利だと思ったのは、松山は、街自体がコンパクトにまとまっていて、真っ平らな平地なので、自転車でどこへでもスイスイ移動できること。ただし、郊外で暮らすには車は必需品ですね。

あと、気候もいいですね。双海は海が近いからだと思うけど、松山と比べてもちょっとだけ温暖な気がします。そんな温暖な気候にもかかわらず、車で1時間ほどの久万高原町に行けばスキーを楽しめるのもスゴイ。
それと、やはり海がいい。ご近所にも、趣味で船やボートを所有していて、気軽に釣りを楽しんでいる方が結構いらっしゃいますね。

真理子さん—私はずっと子育てをしていたので、実はまだ愛媛をじっくり観光できていないんです。有名な道後温泉にすら、まだ入ったことがないぐらいで(笑)。自転車で渡れる「しまなみ海道」の島巡りも、すごく楽しそうなのでやってみたいし、私自身が、これからもっと愛媛のいろんなところに行ってみたいと思っています。

PROFILE

移住先エリア

移住先周辺の地図であり、正確な場所ではありません。

二宮健(たけし)さん 44歳(東京都からIターン)
  真理子さん 40歳(神奈川県出身で沖縄県からIターン)
長女 そらちゃん 6歳
長男 大洋(たいよう)くん 3歳

この記事の関連リンク

移住市町
伊予市の紹介