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移住者インタビュー

都会で得たスキルを活かし「100の仕事を持つ=理想の百姓」を目指す

上島町島暮らし農業

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ワーカーホリックといえるほど、仕事にのめりこんだ20代だった。しかし30代を目前にして、これからの生き方を見つめ直した藤巻光加さんは、夫の古川優哉さんと共に東京から愛媛県越智郡上島町へと拠点を移す。それから4年半、職業を聞かれれば「百姓」「女将」とユニークな呼び名が飛び出す。環境も生業も大きく変わったが、都会で培った仕事に対するセオリーは、今もなお新天地での活動に役立っている。

Q なぜキャリアウーマン生活から移住を選んだのですか?

以前は東京でマーケティングの仕事をしていました。深夜残業や終電は当たり前、ゆっくり食事を摂る時間もないような「仕事中心」の生活をしていましたが、自分に合った仕事でしたし充実感を感じていました。でも、20代後半になってこれからの生き方を考えた時、ふと「もう東京はいいや」と思ったんです。仕事を変えても東京にいる限りは「仕事中心」になってしまって、家と職場の往復という暮らし方になってしまうと思いました。それよりも、もっと人として大切な「暮らし」を中心に置く生き方がしたいと思い、地方への移住を考え始めました。

当時、夫は書店に勤めていましたが、ちょうど仕事を辞めるタイミングでした。これからどうしようかと話し合った時、私の気持ちの変化もあって、どうせなら地方に移住しようということになりました。

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▲「魔女の台所」と藤巻さんが呼ぶキッチンには、薬草や木の実を漬けた瓶がずらりと並んでいる

Q 弓削島への移住に至った経緯を教えてください。

私と夫は、同じ山梨県で生まれ育った高校の同級生。海なし県育ちなので、島暮らしには憧れていました。島での移住地を探す中で、「家」と「職」の面倒を見てくれる「地域おこし協力隊」の制度が受けられる場所に絞りました。夫は長崎県の五島列島、私は上島町に応募して、「先に決まったほうに文句を言わずについていこう」という約束で。結果、私が先に決まり201110月にこちらに移住・着任しました。

上島町には7つの有人島がありますが、着任時は生名島の教員住宅に住んでいました。その後、古民家に住みたいと物件を探していたところ、弓削島に築100年ほどの理想の物件を見つけました。移住後、夫が勤めていたNPO法人「頼れるふるさとネット」で進めていた空き家バンク事業からの紹介でした。

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Q 弓削島の魅力はどんなところですか?

人がやさしいところですね。弓削島は、船乗りさんたちの文化が根付く島です。近所にも「国立弓削商船高等専門学校」という明治から続く伝統校があり、これからオープンするうちの食堂も元はその学生さんたちの下宿場にも使われていたそうです。今でも島の古い家には、外国の面白い置物や道具が残っていますよ。クジラを追って南極へ冒険した人たち、大きなタンカーを運転する船長さん、志の高い学生さんなど、みんな世界を見ているから視野が広いんですね。それが移住者への寛容さや温かさにも繋がっている気がします。

あとは、島人根性とでも言うのでしょうか。島自体が孤立している分、困ったことがあれば、何かに頼るより自分たちで解決しようという底力があるんです。自然の恵みをありがたくいただく文化も本当に素敵だなと思っています。

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▲自由気ままな愛猫のふくちゃん

Q 協力隊時代は、たくさんの企画を立ち上げたそうですね

着任して2カ月後に、町の広報誌「Small Story」を立ち上げました。上島町でがんばって何かに取り組んでいる方や年配の方の知恵などについて、一人ひとりにお話を伺い、まとめ、伝えたプロジェクトです。企画、構成、取材、デザインなど毎回すべて一人で行いました。デザイン……と言っても、役場のパソコンには専用のソフトもなかったので、パワーポイントを使って力技で組んだものですが(笑)

あとは「かみじま てしごと市」というハンドメイド品のマーケット。これは島の中学校の学芸部(文化部)に活躍の場所を提供したいと思って始めたものですが、今はもっと広がり、若い方やご家族にも楽しんでいただいています。

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▲島で暮らす人の息遣いが伝わる『Small Story

Q 前職での経験がうまく活かされているように感じますが

そうかもしれませんね。マーケティングの世界では、「定性分析」といって「人から聞く話からトレンドを割り出す」いう分析方法があるのですが、私はそれが得意でした。以前はその分析結果を報告書にまとめてクライアントへ伝えていましたが、広報誌「Small Story」ではそれが分析ではなく良い話をシェアする媒体となった……という感じですかね。

あとは、「協力隊」といえども役所という組織の一員なので、組織の中で自分の企画を通すスキルは社会人経験のおかげだと思っています。アイデアがまとまったら企画書を起こしてプレゼンをし、決裁を取るという流れは、どこの組織でも共通していますよね。仕事の基本「ほう・れん・そう」(報告・連絡・相談)とか。若い協力隊の中には、企画が実現しないともどかしい思いをしている人もいるようで、たぶんこの辺で苦労をしているのかなというような気がします。

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▲夫婦の会話には笑いが絶えない

Q 現在はどのようなことを生業にされているのですか?

2014年9月に協力隊を卒業し、今は「百姓」をしています。一般的には農家というのかもしれませんが、私は「百姓」という言葉のほうが好きなので、そちらを名乗っています。農家は、作物を栽培するだけではなく、農具を直したり、倉庫をつくったり、水道をつないだり、作物を販売したり、加工したりと様々なスキルが必要とされます。「100の仕事」をするから百姓ともいえるんですね。

私の理想もそこにあって、今は夫と一緒に「まるふ農園」として栽培した野菜の販売や、そこでできた野菜を味わっていただく「食堂まるふ農園」(2016年4月オープン予定)、農家民宿「まるふのお宿」も営んでいます。夫婦の役割分担は、夫は畑仕事中心の「百姓」担当。私は広報やお客様対応が多いので「女将」担当です。

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Q 今後の目標はありますか?

「百姓=100の仕事を持つ」が理想なので、もっと色々なことに活動の幅を広げていきたいです。すでに夫は地域の便利屋さんのようなこともしていますし、私のほうは週に1回、「うみやまかわ新聞」(離島経済新聞社・日本財団共同事業)で子どもたちと関わる地域コーディネーターなどもしています。地域の子どもや若い人たちと関わっていくことは、自分のライフワークでもあるので、大切に育てていきたいですね。

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▲住まいの壁も食堂の壁も、夫の優哉さんがコツコツと塗った

Q 移住を考えている人たちにアドバイスは?

今は移住先を就職活動のように「条件」で選ぶ人が多いように感じますが、もっと柔軟に「偶然」とか「人との縁」も大事にしてもいいですよね。「ここの歴史が気に入ったから」という理由もありだと思いますよ。

もし、この上島町での暮らしに興味を持たれましたら、NPO法人頼れるふるさとネット(http://tayofuru.net/ 0897-72-9188)では、島暮らしの宿泊体験もできますので、気軽に問い合わせてみてください。

PROFILE

移住先エリア

移住先周辺の地図であり、正確な場所ではありません。

藤巻光加さん(32歳)、優哉さん(32歳)。共に故郷の山梨県から上京した後、2011年上島町に移住。光加さんは地域おこし協力隊として着任する。任期終了後の2014年「まるふ農園」をスタート。20163月末には、農園の野菜を使った「まるふ食堂」や農家民宿を開業予定。

まるふ農園

愛媛県越智郡上島町弓削下弓削518

TEL050-5579-5270

http://marufu-farm.jimdo.com/

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