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移住者インタビュー

イメージしたのは「森の靴屋さん」 大島でしか出会えない靴を作っていきたい

今治市島暮らし起業

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神戸の製靴メーカーに勤めていた中田克郎さんは、靴職人として独立を考えたとき「同業者の多い都会で埋もれてしまうより、自分の気に入った土地で際立った存在になる」ことを選択。20151月、しまなみ海道沿いの大島へと住まいを移し工房「製靴 暁」を構えた。すべて手作業、縫い糸さえも自ら調合する中田さんのこだわりは、島の大自然の中で大きなつぼみを付け始めている。

Q 起業の地として、しまなみエリアの島を選んだ理由は?

僕は子ども時代に今治市内に住んでいたせいか、「田舎で起業」と思ったときに浮かんだのは愛媛でした。田舎といっても今治なのか松山なのか、はたまた瀬戸内海の島にするかなど色々ありましたが、お客さんに来てもらうことを考えると、瀬戸内でもしまなみ海道のように陸地と橋で繋がっている島のほうが強いなぁと感じたからです。

それに、しまなみ海道をサイクリングしてみたときに出合った大三島の風景が本当に美しくて――。確か、宗方から瀬戸に抜ける道だったかな。対面にバーンッと大島が見えて、海と山と橋と鳥の声と、それ以外には何もなくて本当にのどか。その当時は大阪から神戸まで電車で座りたい一心で、片道1時間40分もかけて普通列車で通勤していたので、余計に胸に響いたのかもしれません。

Q それからすぐに移住したのですか?

いえ、結果的に10年ぐらいかかりましたね。

独立移住を考えたのは30歳でしたが、当時は技術的にも資金的にも厳しかったので、10年はそれまでの製靴会社で頑張って、40歳で退職したんです。僕は靴のデザインを起こしてアッパー(ボディとなる上の部分)を作ることはできたのですが、靴底を付ける技術などはなかったので、退職後に大阪の西成製靴塾というところで、ベテランの靴職人さんに教わりながら1年間腕を磨きました。その後、工房にできそうなところを探して、移住が実現したのは42歳になった昨年のことでした。

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▲ミシン作業は、上糸と下糸の微妙な調整がモノを言う

Q 工房はどのようにして見つけたのですか?

最初は、しまなみ海道沿いの中でも大三島や伯方島界隈で探していました。民間の不動産屋さんや表に出ない物件も知っている司法書士さんのところでも見てみたのですが、最終的は大島で母の知り合いが持っていたこの家が気に入り、今に至ります。

物件探しのときイメージに描いていたのは、絵本に出てくるような「森の靴屋さん」でした。レンガ造りの煙突があって、森に入っていくとおじいさんがコンコンと金槌を叩いている音が聞こえてくるような。出合った古民家はレンガ造りではないものの、懐かしい佇まいがイメージにピッタリだったんです。そこで工房としてリノベーションし、一部は解体して敷地内に家を建てました。

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▲入口の脇に大きなガラスを取り付け、ショーウインドウのように作品を見せる

Q 大島に暮らしてみていかがですか?

地域の人が皆さん温かくていい人たちです。大島には島四国があるので、「お接待」の文化なんですよ。お遍路さんたちを迎えてきたように、島に来る人を歓迎するムードがあって馴染みやすかったです。自分のほうからも、地域の草刈や掃除、お祭りのお振る舞いなどに積極的に参加しました。

近所のお母さんたちが「食べんか~?」と持ってきてくれるおかずの量がすごいんですよね(笑) 焼きそばとカマボコ、畑の大根で作ったたくわんとか。僕は一人暮らしなんですが、作業に没頭しているうちに時間が経つのを忘れてしまうことがあるので、愛情こもったお惣菜はありがたいです。

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▲この工房で大半の時間を過ごす。机やついたては廃材や不用品をリメイクした

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▲夜でも騒音を気にせず機材を使えるのは、田舎暮らしの特権

Q ユニークな靴がたくさんありますね!

僕のモットーは「他のどこにもない靴を作る」ことです。インパクトのあるものから、さりげなくてもステッチや革のあしらいに個性が光るものまで、ここに来ないと出合えない靴をたくさん増やしていこうと思っています。

革の裁断や縫い付け、穴あけなどはもちろん手作業ですが、縫うための糸も自分で作っているんですよ。麻の単糸を3~5本依って、チャン(松脂)を擦りこみます。昔ながらの製法ですね。革にあしらわれている細かい段なども一つ一つ焼きゴテで付けているので、細かいディテールの違いを出すことも可能です。

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▲西成製靴塾時代にデザインした顔型の靴(※参考品)

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▲装飾の細かい凹凸は、コテをリズミカルに押し付けながら付けていく

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▲縫い針から手を守るグローブもお手製

Q 工房の名前、「暁」の由来は?

ここで作る靴は、基本的にすべて手作業のフルオーダーです。お客さんとのディスカッションを元に、その方の望みを叶えられるようデザインを起こします。その後、テスト用の仮靴を履いていただき、靴のカットや装飾などの修正。そして、また一から本番用の靴を作る、という工程を一つずつ踏んでいきます。

納品までには約3カ月かかりますが、それは製品として完成しただけで、まだゴールではありません。お客さんの足が入ったときこそが、「靴の夜明け」であり「出発点」なんです。そこから長い年月をかけてお客さんの足に馴染んでいくんですね。この工房では、夜明け前の製品を作るんだという想いを込めて「製靴 暁」と名付けました。

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▲「暁」の文字がワイポイントで存在感を放つ(※参考品)

Q お客さんを呼ぶための営業活動はどうしましたか?

実は、営業活動はしていません。そろそろホームページなどで情報発信をしようかなと思っているところですが、開業してこの1年はひっきりなしにお客さんが来てくださっていて、その100%が口コミです。

フリーペーパー「今治スタイル」や「Shima2タイムス」(しましまたいむす)、「月刊インタビュー」などで取材を受けたことがあるのですが、それを読んでいらっしゃるみたいなんですね。

Q どういうお客さんが多いですか?

最初は、地元の方はあまり来ないのではないかな……と思っていたのですが、よくよく話してみると「私、この島に住んでいるのよ」とか「大三島から来ました」など地元のお客さんも多いのには驚きました。近隣にこういった靴屋さんがなかったからかもしれません。外反母趾や左右で足の大きさが違うなど足の悩みを抱えている方と、「緑の靴に青いステッチをつけたい」など、既成では見つからない変わったオシャレを楽しみたいという方が半々の割合です。

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▲写真を見てもらいながら、お客さんに工程を説明する

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▲子どもの足も、温もりのある革で優しく包む

Q 今後作ってみたい靴はどんなものですか?

現在「しまなみイノシシ活用隊」という任意団体でイノシシの革を製品化しようという動きがあるのですが、この「シシレザー」を靴の素材として活かしてみたいですね。まさにここにしかない宝の原石です。

イノシシの革は毛穴からの通気性もよく柔らかいので、普通は裏地として使われることが多いです。でも、それをあえて表地として、カジュアルな靴に仕立てたら履き心地がとてもラクになると思うんですよ。ダンスシューズや底の柔らかいクレープソールの靴ですね。実はもう3回試作していて、実際に自分で履い続けて変化をテストしています。

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▲シシレザー試作。靴先や切り替えを調整しつつ、右から1回目、2回目、3回目と変化している

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▲オリジナルの型紙に沿って、革を裁断していく

Q 移住してよかったことは?

人生の幅が広がったことです。家と職場の往復から、自分のやりたいとこができるようになりました。続けるのは自分の努力次第ですが、そのキッカケができたことが今は何よりもうれしいです。

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Q 移住をしたい方へアドバイスをお願いします

もし自分でやってみたいことがあるなら、移住前にある程度プランを練っておいたほうがスムーズに活動を始められます。僕の場合は「靴をやる」と決めていたので、事前にミシン屋さんや革屋さんを回ったりして、機材や仕入れのインフラを整えておきました。

また、自分のやりたいことがその土地で実現可能かどうかを吟味することも大事かなと思います。陶芸なら湿度や温度のこともありますし、農業でも他のことでも同じでしょう。楽しみながら検討してみてください!

PROFILE

移住先エリア

移住先周辺の地図であり、正確な場所ではありません。

中田克郎さん(43歳)。中学2年生までを愛媛県今治市で過ごした後、大阪で育つ。大学時代はプロダクトデザインを専攻し、卒業後は神戸の製靴メーカーで婦人靴の企画を18年間担当した。大阪の製靴学校で1年間学んだ後、2015年1月今治市にある大島の吉海町に移住。同年6月、靴作りの工房「製靴 暁」を構える。

製靴 暁(あかつき)

愛媛県今治市吉海町名1432

TEL0897-72-8511

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