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昭和32(1957)年、国鉄バス大村線が開通。富母里小中学校のある大村まで延長し、交通不便が解消された。住民は歓呼の声をあげて迎えた。
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椎茸は昔から生産されていたが、種菌・チェンソー・乾燥機などの普及により生産は伸び、昭和56年には60トン2億円を超え、農林家所得の首位を占めた。写真は山から椎茸を運ぶ農家手作りの竹籠である。
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足ぶみ脱穀機での作業。米作りは、田植えをしてから、食べるようになるまでには、数多くの作業があり、手間がかかることから、「八十八の手間がかかる」と言われていた。今では全て機械となりずいぶん楽になったものである。
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昭和35年第1回村民運動会と農業祭を開催、以後伝統行事となる。写真は昭和36年北高日吉分校校舎新築を祝って行われたもの。踊り手は特別参加の檮原町婦人会の「よさこい踊り」である。
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