家族の笑顔が集う、森の中のカフェレストランをオープン
2008-11-05

鳥のさえずり、木の葉ずれ、風のそよぎに揺れる木漏れ日・・・そんな静かな森の中で、この夏新しくオープンしたカフェレストラン「こもれび」は、埼玉から平成18年にIターンしたオーナーシェフ・難波昭宏さんと地元出身のパティシェ・敬子さんがご夫婦できりもりされています。
● 両親が田舎暮らしの大先輩

ここは森林の町・久万高原町の中でも山奥の、言葉は悪いがへんぴなところ。26年前、敬子さんのご両親が、医者から気管支の弱かった次男に自然療養を勧められ、東京の東村山市から一家で移住(Iターン)してきた土地だ。
敬子さんのご両親は、木地師として「甲斐工房」を開き、山の中に住居と作業所を構え、食器や雑貨を製作販売している。食べ物は基本的に自給自足で、山の水をひき無農薬野菜を自家栽培する。難波さんご夫婦のレストランは、ご両親の工房と同じ敷地内に建てられた。
昭宏さんは東京のレストラン厨房で働き、愛媛から東京へ出てパティシェをしていた敬子さんと知り合い結婚。やがて2人の子どもにも恵まれる。ところが、「レストランの仕事は夜遅く、毎日帰宅が深夜12時をまわります。体もしんどいですが、子どもの寝顔しか見れない、触れ合う時間がないのが辛かったですね」と昭宏さん。
敬子さんも2人の幼子の世話に追われ「2人とも、日々の生活に疲れきっていましたね」
“こんな生活でいいのだろうか?”胸に疑問がふと浮かんだのは、年に1~2回里帰りで訪れる自然に囲まれた妻の実家だった。
● 手作りの家で手作りのカフェレストランをオープン

そんな二人の様子を知る親戚のすすめもあって、平成18年に愛媛へ。義父母の家に仮住まいをして、畑の土いじりを手伝ったり、車で1時間くらいの長浜町へ釣りに行ったりと、田舎ライフを満喫した。関東育ちの昭宏さんに、瀬戸内の多島美と「僕でも簡単に釣れてくれる」海遊びは十分な癒しになったようだ。

同じ頃、家づくりに向けての準備も進めていた。幸い森林組合の倉庫に眠っていた欠品の材木を安価で譲り受けることができた。作業は義父や敬子さんの兄弟のほか、甲斐家と親交のある人々が力を貸してくれた。壁塗りは敬子さん、昭宏さんは電気配線を担当し電気工事士の資格も取得した。
誰も家づくりのプロでないから設計図もなし。試行錯誤のうえ、着工から約8ヶ月かかって1階がカフェレストラン、2階が住居という建物が出来上がった。
店名の「こもれび」は、駐在さんのお母様からいただいた詩の中の言葉から名付けた。
●若いから時間はある、やり直しがきく

自分達のお店を持てるなんて、東京にいる時は、夢のような話だったけれど、今は、それが叶っている。「周りの人たちのサポートがなかったらとてもここまではこれませんでした。本当に感謝しています」
「大事なのは家族とともに健康に暮らすこと。失敗したら働きに出てもいいし、やり直しすればいいんです」と昭宏さん。
レストランで使う食材は、肉類は愛媛の信頼できる牧場を紹介してもらった。魚は足を運んで確かめた八幡浜からの直送で、野菜は久万高原の高原野菜と安全な地元のものを揃えている。「この土地に住んでいたら自然とそうなったんです」といたって自然体だ。
もちろんデザートは敬子さんの手づくりで、お土産用の焼き菓子も並ぶ。営業はランチのみ。「昼の景色なら楽しんでいただけますが。夜は真っ暗ですからね、ご予約のみです」と笑う。宣伝はしていないので“知る人ぞ知る”だが、口コミで松山からのお客さまが多いという。
秋になって寒くなり「たまたま吹き抜けの下にちょうど良い置き場所があったので」フロア中央に薪ストーブを置いた。これから、冬になると雪で国道から店までのアプローチが難しい。「今冬は様子を見て考える年ですね。たぶんお客さまを国道まで送迎する方向になるでしょうね」とのこと。
● 山暮らしに学ぶ

「田舎暮らしは近所の人間関係が気になるところだと思います。でもふだん人付き合いのない都会のほうが、かえって人間関係は難しいと思うんです」
昭宏さんは、どのようにして周りに順応していったのだろうか?
「移住してきて困ったことは、言葉がわからないことでした。農事に関わる決め事など、大事な寄り合いには、義兄弟と一緒に参加して切り抜けました」
部落で行う木の切り出しも手伝いに行く。一歩間違えば危険が伴う仕事、慎重に行う。都会ではスイッチ1つですんだ風呂焚きも、薪の風呂となると湯加減の調整が難しい。
「田舎暮らしって忙しいんですよ」と昭宏さん。でもなんだか楽しそうだ。
現在は店が忙しいので畑仕事も手伝えなくなったが「腰が曲がったお年寄りを見ると、どれだけ働いてこられたのだろう」と感心し「田舎こそ人手、労働力が大事なんだ」と学ぶことも多い。
地元民を敬い、慣れないこと難しいことは背伸びをせずに素直に助けを借りる。そういう姿勢だからこそ、近隣の住民たちも都会で育った青年を温かく理解しているのだろう。
●これから移住される方々へ
「移住をするのはパワーのいること。正直、僕らの場合は妻の実家の存在が大きい。でも最終的なきっかけはやはり“子ども”でした。」
昭宏さんの地元の友人たちは、彼の選択に“考えられない”と首を捻るという。確かに、若いうちは、便利で情報のあふれている都会のほうが魅力的かもしれない。
「でも、少しでもそういう生活に疑問を持ったのなら、やっぱり行動することです。後悔先にたたず、ですからね」
-PROFILE-
難波昭宏さん 34歳(埼玉県からIターン)
敬子さん 33歳 (埼玉県からUターン)
長女 空澄(あずみ)ちゃん 4歳
次女 あかりちゃん 2歳