『移住体験談』

移住体験談

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病院まで車で10分、理想の一軒家で田舎暮らしを満喫

2008-08-04

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 愛媛県の最南端に位置する愛南町は、黒潮躍る太平洋と宇和海に面した西日本屈指の磯釣りのメッカ。
 その愛南町で唯一の総合病院である愛媛県立南宇和病院の小児科部長として、平成20年4月に着任した細井進先生(58歳)は、京都大学を卒業後、近畿地方の病院に勤務されていましたが、昨年、趣味の磯釣りで通い慣れた愛南町に、理想の住まいをみつけ、奥様と二人で移住を決意されました。
 勤務先の病院まで、車でわずか10分の距離にあるお住まいは、豊かな緑に包まれた広い敷地に、四季折々の花が咲く手入れの行き届いた庭と自家菜園が広がる、まさに団塊の世代の田舎暮らしの理想ともいえる環境に恵まれています。細井先生が、愛南町に移り住むまでの経緯と田舎暮らしの魅力について伺いました。

●趣味の釣りがきかっけで愛南町に来られるようになったそうですが?
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 愛南町に移る前は、兵庫県赤穂市の赤穂市民病院に、7年半ぐらい勤務しました。昔から釣りが趣味で、赤穂にも釣りが出来る場所はたくさんあるのですが、瀬戸内なので、やはりメバルのような小さな魚が多かったですね。赤穂の病院に務めて2年ほどした頃から、海釣りのいいところがないかなと、いろいろ本を調べて、四国へ釣りに来るようになりました。
 最初の1年は高知県の柏島に来ていましたが、赤穂でよく通ったお寿司屋さんに釣り好きなご主人がいらして。そのご主人に一度、愛南町に連れてきてもらった時に利用したのが、今もお世話になっている渡船屋さんです。
 それから、勤務が休みの土日を利用して、月に1〜2度、一人で車を走らせて、こちらに釣りに来るようになりました。その頃は、大物がよく釣れましてね。当初は、金曜日の夜に車を走らせて来て、土日釣って夜帰るというハードスケジュールでしたが、さすがにカラダがきついので、後半は、土曜の昼だけ釣るスタイルになりました。
 その頃から、そのうち、定年退職したら、こちらに来てもいいかなぁという気持ちになって。具体的なイメージはありませんでしたが、「いつかは…」と移住を考え始めました。


●住宅情報はどうやって探されたのですか?
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▲建物のリフォームは、もともと交流のあった釣りチームのメンバーの大工さんに依頼

 最初は、磯釣りに来る度に、地元新聞の不動産情報をチェックしていましたが、この地域の情報は全く載っていませんでした。ほとんど松山の物件で、せいぜい宇和島ぐらいまでで。
 まあ、そんなにあせりもしないし、ずっとほっておいたんですが、昨年の7月に、たまたまインターネットで不動産情報を検索したら「中古住宅、一戸建て」の条件で、この地域の物件が2カ所みつかりまして。
 さっそく、不動産屋さんに問い合わせたところ、現在の住まいは、先に申し込まれた方がいてあきらめて、もう一つの候補を見に来ようと、1泊2日で家内と来てみると、先に頼んだ方がキャンセルされたことを知り、その日のうちに契約しました。


●この地にお住まいを決めた理由は?
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 敷地の広さと庭の状態、それと緑豊かで静かな環境が気に入ったことが理由です。釣りだけでなく、いずれは野菜作りと庭仕事をしてみたいという気持ちがありましたので。 ここは、もともと田んぼで、宅地に造成されて10年ほどしか経っていませんが、前の持ち主が、庭造りに大変な情熱をかけていらして、四季折々に咲く花があり、ヤマモモやキウイなど果物がなる木もあり、季節ごとにいろいろな表情が楽しめます。
 土地も550坪と期待していた以上に広かったので、建物の中には入らず、庭で立ち話をしただけで契約しました。
 釣りだけでいうと、いろいろ候補地はありましたが、畑もできる理想的な住む場所がみつかったことが、この地に決めた最大の理由ですね。


p-5%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%83%A2%E3%83%A2.jpgただ、契約した時点で、すぐに移るつもりはなかったですね。少なくとも60過ぎまでは向こうの病院で勤めてからと思っていましたから。
 その後、9月に土地の引き渡しをして、月に1〜2回、庭のメンテナンスに訪れるようになってみると、結構手入れが大変で(笑)。庭には、割と立派な松の木があるのですが、見よう見まねの作業だと、1本の松の手入れに3日かかることもあって、たまに来るだけでは、とても世話できないなぁと。

▲庭のヤマモモ。10数キロも収穫できた果実を使ってジャム作りを楽しんだ

 もともと出身は奈良県なのですが、男三人兄弟の末っ子で身が軽いし、3人の子ども達も結婚して、末の子どもにも子どもが出来たので、60過ぎまで待たなくてもいいかなぁと思うようになって。
家内は、赤穂での地域生活にちょうど溶け込んだ頃だったから、移住に少しばかり抵抗があったようですが(笑)。

●勤務先の病院はどうやって探されましたか?

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 僕の場合は定年前だったから、まぁ、こっちで職があったほうがいいだろうと勤め先の検討を始めました。どこか適当なところがないかと、松山に住んでいる大学の先輩に相談してみると、場所から見て、南宇和病院がいいんじゃないかということになりまして。
 先輩が愛媛県立中央病院の院長に打診して下さったところ、ちょうど、この病院の小児科の先生の代わりの方が見つからないという状況だったらしく、これは渡りに船ということで、どうぞいつでも来てくださいということになりまして。とんとん拍子で、こちらの病院に来ることが決まり、思っていたよりも早くに移り住むことになりました。

 前任の病院では、管理職の副院長だったので、当直を免除されていたのですが、こちらでは、月3回当直があるのがちょっと大変です。それだけは計算外でした(笑)。ただ、この病院の小児科がなくなりそうだったところを、維持することはできましたね。


●愛南町に移られてからの生活は? 

p-9%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%82%A6%E3%83%AA.jpg こちらにきてからは、まず畑を作ることからはじめました。つるはしを使って、40センチの深さまで手作業で掘り返したせいで腱鞘炎になってしまって。見かねた近くに住んでおられる前の住人が、ユンボでひと通り掘り返してくれましたが、これはかなり大変な作業でした。
それから腐葉土や堆肥をたくさんいれて、やっと畑が作れる状態になって、今ではトマト、おくら、茄子、枝豆、ピーマンなど、夏野菜がひと通り揃います。キュウリやトマトはたくさん出来すぎて、外来の看護師さんに持っていくのが楽しみになっているほどです(笑)。

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▲手入れの行き届いた家庭菜園

●これまでに野菜作りの経験はあったのですか?

 いや全然、赤穂の時は全くやっていません。庭仕事や畑仕事はこちらに来て始めました。ただ、奈良で暮らしていた子どもの頃、父親は学校の教師でしたが、いわゆる「日曜百姓」もやっていたので、休みの日には、子ども全員、農作業を手伝わされました。
 当時は農作業がイヤでたまりませんでしたが、そうした経験のおかげで、何でもやろうと思ってやれないことはないですね。小さい頃にそういう経験をさせることは、僕は大切なことだと思います。


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 今は、毎朝6時前に起床して、1時間ほど庭仕事をし、家庭菜園で採れた野菜を使った朝ご飯をいただきます。台所のカーテンをあけると目の前に緑豊かな山並みが広がりますので、小鳥のさえずりを聞きながら朝食をとることが多いですね。仕事から帰ってからも、水やりなど庭仕事が日課になっています。


●こちらの生活で困ったことはありませんか?

 生活で困ったことは、特にないですが、できれば、家の敷地の一部が、宅地ではないため、無償でお借りしている状況を早く解消したいですね。

 僕ら団塊の世代で、田舎暮らしを希望する人のほとんどは、家で食べる自家菜園ぐらいは持ちたいという希望をもっていると思うのですが、農地法の関係でちょっとした畑が買えないというのは、移住のネックになっていると思います。

 それと、移住先の不動産情報が、なかなかみつけにくいのも、移住のブレーキになっているのではないでしょうか。僕は釣りの仲間がいたから、まだ情報が入手できましたが、知らないところでの土地探しはハードルが高い。みなさん不安だと思いますよ。
 農地と不動産の2つをクリアしていただけると、団塊の世代の移住促進につながるのではないかと思います。

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▲ 移住を記念して夫婦で植樹した桜の苗木

-PROFILE-
愛媛県立南宇和病院 医監小児科部長
細井進さん(58歳)
2008年に兵庫県からご夫婦でIターン

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