『移住体験談』

移住体験談

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温暖な気候とおだやかな島気質に一目惚れ

2007-10-12

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● いっぺんで島のひとたちに惚れ込みました
「ここがうちの畑だよ!」元気に走り回る光一君は島生まれの島育ちです。
長年東京や京都で会社勤めをしていた厚志さんは、定年までに田舎へ移り住みたいと満員の通勤電車の中で思っていました。東京生まれの妻・洋子さんも同意、48歳で退職します。
移住場所として2人が挙げた条件は、次のとおり。
(夫)温暖な気候、畑仕事ができる、魚釣りができる、温泉がある、富士山が見える
(妻)熊・毒蛇がいない、地震がない
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インターネットで情報を集めるうち、ほぼ条件にかなう島を愛媛に2島見つけることができました。そして、最初に下見に来たのが岩城島。2人は、案内してくれた役場の人、出会った島の人々の暖かい気質にいっぺんに惚れ込み、「温泉と富士山はあきらめて」(厚志さん)岩城島への移住を決断します。翌年夫婦は空き家を借りて住み始めました。

●苦労はあっても作物を育てるのは楽しい
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当初はアルバイトでもしながらのんびり、と考えていましたが、新しい農業専従者に補助金が出る制度があったことと、子どもが生まれるということで本格的に農業をはじめます。
「最初は荒地で大変でした」という本間さんは、無農薬・無化学肥料にこだわって、野菜や米、かんきつ類を作っています。「1年中なにかしらの作物を作れます。休みはないけど、種から育てるのは楽しいですね。」収穫した作物は、道の駅や島外のスーパーなどに卸したり、知り合いへ通信販売をしているそうです。
農業を始めるには、資金のほかに販売ルートの確保も必要となってきます。「老後の楽しみでなく、本格的に農業を始めたいなら、なるべく若いうちから準備されることをお勧めしますね」と厚志さんは言います。


●青いレモンの島でイキイキと
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岩城へは、厚志さんの父・亮一さんも移り住みました。87歳とご高齢の亮一さんは間際まで移住を迷っていたそうですが、いざ住んでみるとすっかり気に入った様子。「ぶらりと散歩に出かけたり、父なりに島暮らしを楽しんでいるようです。不思議と高かった血圧も正常になりました。」
光一君は現在、島の小学校1年生。青い空ときれいな海に囲まれてのびのび元気に育っています。「こんな豊かな環境で子育てできるのは贅沢なこと。それに島の生活で不便を感じたこともないですね。」と夫妻は口を揃えます。
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診療所や歯科医院もあり、急を要する時は救急艇(救急車専用フェリー)が広島県の病院へ搬送してくれるので安心だとのこと。
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最盛期のナスと“ベニー”という珍しい赤いオクラの畑を見せてもらった帰り、ベビーカーを押した女性に出くわしました。「これ持ってかえって」と洋子さんが収穫したばかりのナスを手渡します。
島の人たちは皆顔見知り。都会では失われてしまった人間的なつきあいも健在です。子どもは地域住民みんなで見守っていきます。「島気質は、のんびりとして親切。けれども過剰なおせっかいはしない。」この“適度な距離感”が心地よいのだそうです。
この夏、夫妻の友人たちが大勢訪れ泊まっていったそうです。「まるで海の家。畑仕事もしてもらいましたよ」と楽しそうに笑う本間さん夫妻は、すっかり島気質に染まっているようです。
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-PROFILE-
2000年に京都府からIターン
本間厚志さん(57)、洋子さん(44)

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