青い海に囲まれたミカンの島に夫婦で移住
2007-09-03

●脱サラ・・ならぬ脱役人をして大三島へ
しまなみ海道に浮かぶ大三島で、ミカンをつくり、木工をしながら田舎暮らしを楽しむ堀内弘之さん(55)、裕子さん(55)夫妻。25年間の公務員生活に終止符を打ち、2003年に滋賀県から夫婦と犬1匹で、大三島に移住したお二人に、移住を決めるまでの経緯と、田舎暮らしの魅力を伺った。
●3年かけて理想の土地さがし
京都市出身の堀内弘之さんは、40歳を過ぎた頃から、田舎暮らしへの憧れを抱くように。一方、奥様の裕子さんは、早い時期からの田舎暮らしにそれほど乗り気ではなかったが、「遠い将来の田舎暮らしに役立つかなぁ」という軽い気持ちで運転免許を取得。「免許をとると、ドライブへ出かけたくなって」という裕子さんの声をきっかけに、自家用車で近畿、中国、四国を旅行がてら、土地探しをスタート。田舎の魅力にふれるうち、裕子さんの気持ちも次第に田舎暮らしに傾くように。「妻を説得する作戦としてはうまくいきました(笑)」と弘之さん。

長年、田舎暮らしの夢を温めていた弘之さんには、「木工と農業、できれば果樹栽培をしながら自給自足の暮らしがしたい」というビジョンがあった。そうなると広い土地が必要となり、必然的に地価が安いことが土地探しの条件に。柑橘類の栽培が盛んな和歌山や、くだもの王国の岡山など、さまざまな候補地を夫婦でめぐった。
「田舎の土地を紹介してくれる専門業者と一緒に、一日中、山中をめぐったりもしましたが、山奥の一軒家は、暗い印象の土地が多くて。自然と明るい海辺の暮らしに惹かれるようになりました。中国地方の海辺の町もずいぶん訪ねましたが、海岸沿いは工業地帯に開発されている地域が多く、私たちが描いていた田舎暮らしのイメージにはあわなくて。3年間で、50物件ぐらいは、実際に現地まで足を運びましたね」と裕子さん。
●素朴で穏やかな愛媛の風土に魅了
いろいろ調べていく内に、新規就農支援の情報から、愛媛県が移住候補に浮上。
「近畿圏に暮らしていると、岡山あたりまでは、なんとなく土地勘があるのですが、四国となると、正直言って、一つの大きな島といった印象しかありませんでした。愛媛といわれても、松山に温泉があったかなぁ?とかという感じでしたね」と弘之さん。
愛媛県南部の宇和島に、弘之さんの趣味の木工の技術を磨ける技術専門校があると聞いて、下見に通ううち、素朴で穏やかな愛媛の県民性にひかれるように。
「他の土地もいろいろ回ったけど、愛媛では、どこにいっても、誰かが親しげに話しかけてくれました」と弘之さん。裕子さんも「学生時代、宇和島に遊びに来たことがあって、段々畑が広がる、のどかでいいところだなぁという好印象がずっとありました」と口を添える。宇和島でも土地を探したが、海辺のよい土地はなかなかみつからない。
宇和島からの帰り道、普段なら「瀬戸大橋ルート」で滋賀へ帰るところを、たまには気分転換にと「しまなみ海道ルート」で帰る途中、たまたま立ち寄った岩城島で、明るくて開放的な島の風土にすっかり魅了される。
「海辺で、魚釣りをしているおばさんを偶然見かけたのですが、今日はあんまり釣れんなぁ?といいながら、次々と豪快に魚をつりあげる姿は、強烈な印象でした」と裕子さん。
岩城島で田舎暮らしをはじめたいと決心し、役場の人のサポートを受けながら、土地探しを続けたが、なかなか希望にあう土地には巡り会えない。岩城島に何度も足を運ぶうち、お隣の大三島に良い物件があると聞き、試しに訪ねてみることに。紹介された物件は、条件に合わなかったが、偶然、不動産屋の看板をみつけ、そこで現在の住まいと運命の出会いを果たす。
海辺に面した築40年の一軒家。土地と畑をあわせて約400坪。木工するには、騒音への配慮から、少し集落からはずれた土地がベストだが、その条件もクリア。すぐ近くにみかんの農地も4反借りられる。何と言っても決め手は、目の前にパーンと広がる明るく穏やかな瀬戸内海だった。
「二人の息子も成長し、ちょうど下の息子が大学に進学したことで、職業をかえる決心がつきました」と弘之さん。滋賀の家はそのまま息子たちに残して、 2003年5月に愛犬と一緒に大三島への移住を決意した。
●瀬戸内海を目の前に望む田舎暮らしをスタート
大三島に移住し、まずは生計の道として、荒廃していたみかん園に手を入れ、有機無農薬みかんの栽培をスタート。農薬を使わず、手間暇かけて育てたみかんは、親戚、友達、役所時代の知人などを中心に、200〜300カ所へ直販している。
「温州ミカン、伊予柑、八朔の3種類を作っていますが、堀内さんとこのみかんは酸味があって、味が濃い。昔のみかんの味がするねぇと喜んでもらっています。近畿圏では、和歌山のみかんが主流で、愛媛みかんはワンランク上の良いブランドイメージがあるのかも。無農薬だからと高く販売していないのも、リピーターが多い理由かもしれませんね」と裕子さん。

ミカンの販売には、大三島に移り住む1年ぐらい前から、裕子さんがはじめたパソコンが大活躍。県外のお友達とは、もっぱらメールでやりとりし、電話代の節約にも一役買っている。
「インターネットがあれば、買い物もできるし、情報も入手できます。みかんの注文もメールが中心です。ミカンを送る段ボールもネットで探しました。田舎に来てからの方が有効活用していますね」と裕子さん。
「もともとテレビのない生活を送っていましたが、大三島に来てからは新聞もとっていません。島に来た頃は、都会の感覚で、すぐに新聞の勧誘があるだろうと待っていましたが、いっこうになくて(笑)。天気情報などの生活情報は、ご近所の口コミとインターネットで間に合わせています」
●みかんの木の小物作りにも挑戦
島暮らしをはじめて一年ほどしてから、木工にも本格的に着手。「子どもの頃から、絵を描いたり、版画をしたりするのが好きでしたが、長男が生まれた際、温かみのある木のおもちゃを与えたくて木工をはじめました。大三島には道の駅が2つあり、そこで木工品の販売が可能なこともあって、みかんの間伐材を使った木の小物作りに取り組んでいます」と弘之さん。
大三島で見られる7種類の鳥を組み合わせるとみかんの木になる「パズル・みかんの木」など、みかんの木のクラフトシリーズは自信作の一つだ。
「都会で手作りするのは、意外と材料費がかさみますが、田舎暮らしなら材料から手作りできます。滋賀にいる頃から、趣味でリースを作っていましたが、今では、庭で育てた花やハーブを使うことも多いですね」と裕子さん。香りのある庭にしたいと丹誠込めて育てるハーブ園には、大三島の風土になじんだ100種類ほどのハーブが根付いている。
●自給自足の島暮らしをめざして

田舎暮らしで弘之さんが抱いていたもう一つの大きな夢が「木組みの家」を一人で建てること。滋賀にいたころから温めていた設計図をベースに、土台作りからすべて手作業で家作りを開始。
「家作りで、木工の楽しさを味わうには、木組みのおもしろさを堪能したい」と研究を重ねた伝統工法で、時間をかけて進めている家造りも、年内には完成する見通しだ。
「新しい家が完成したら、今住んでいる家は、木工工房へ改造するつもりです。工房では、長年の夢である家具づくりを本格的にはじめたいですね。あとは、自給自足の暮らしが今後の大きな目標です。今のところ、野菜は自給自足できていますが、デンプンとタンパク質が足りないので、将来的には米作りと、にわとりの飼育にも挑戦したいと思っています」と弘之さん。移住してからは、毎日好きなことをしながら暮らせて、本当に充実していると穏やかに笑う。
裕子さんも「都会では、お金がないと遊べないけど、田舎では、毎日の仕事を楽しめます。特に、しまなみの女性は明るく、バイタリティがあって働き者。島の仕事には年齢制限もないし、いつも元気をもらっています(笑)」と島暮らしの魅力を教えてくれた。
●田舎暮らしを成功させる秘訣
最後に、田舎暮らしを目指す方へのアドバイスを伺った。
「何となく田舎で暮らしてみたいなぁと思っているだけでは続かないと思います。自分がしたいことをある程度明らかにして、目標をもって暮らすことが大切です。あとは、奥さんと充分に話し合って、説得すること。夫婦で生活していくには、両方の気持ちが一致しないと続きません」と弘之さん。

田舎暮らしの最初のハードルとなる土地探しについても、「信用されないとなかなか良い土地は売ってもらえないもの。大三島には、今治市滞在型農園施設ラントュレーベン大三島がありますが、できれば、こうしたお試し移住制度を活用して、土地の人と交流を深めると、地域の実情がよく分かると思います。土地を買うのは大きな決断。地域ごと、土地ごとに状況は違うもの。やはり自分の目で見て確かめることが大切です」とアドバイス。
時間をかけて、田舎暮らしの夢を一つずつ実現してきた堀内さんご夫婦の言葉には、田舎暮らしを成功に導く温かいメッセージが込められている。
-PROFILE-
堀内弘之さん(55)、裕子さん(55)
2003年に滋賀県から今治市上浦町へIターン